テーマ 「学会の復興支援・復興研究」
担 当:阪神・淡路まちづくり支援機構付属研究会 参加者約25名
司会進行:安本典夫(立命館大学教授/法学)高見沢邦郎(都立大学教授/建築学)
支援機構では、発足後4ヶ月を経た1996年12月14日に「付属研究会」を設置し、研究者を中心としつつ職能団体や行政からの参加も得て、30名の会員により2年余にわたる研究活動を行った。その成果を98年1月には「震災3年・復興まちづくりへの提言」として関係各界に配布したのち、最終的には99年3月に「提言/大震災に学ぶ住宅とまちづくり」として刊行(東方出版)したところである。
研究会の設置は、表層的には進んでいるように見える復興の実態に対し、学問的見地も加えて冷静に見据え、被災者・被災地の問題や課題、そして今後の方向を論じ提言しようとの意図によるものである。提言は、多少とも意義のある成果として発表することができたと考えている。同時に分野横断的な研究組織をつくるに至った一つの要因は、学会の縦割り的体質を克服し、被災者が望む総合的な「住まい・暮らし・まちの復興」を議論する場を持とうとのことにあった。研究会では法律、都市・建築などの研究者、実務家による活発な意見交換が行われた。
このような経験を経て、今後に分野横断的な検討を進めるためには、関連各分野で復興問題がどう捉えられ、どのような研究成果が挙げられたか、課題は何であるか等を確認しておくことの必要性が改めて浮き彫りにされてきた。そこで本分科会では、震災に関わる広範な研究分野から、代表として次の4学会の関係者に復興関連研究・支援の動向などをご報告いただき、特に今後のあり方や横断的な支援・研究への課題を参加者を交えて論議した(下記は報告順)。
都市住宅学会 住田 昌二(福山市立女子短期大学学長/住居学)
日本都市計画学会 中井 検裕(東京工業大学助教授/社会工学)
日本建築学会 中林 一樹(東京都立大学教授/都市計画学)
日本不動産学会 田中 一行(成蹊大学教授/経済学)
日本都市計画学会は土木・建築・造園学が中心であるが、社会科学分野などの研究者や行政実務者もある程度含まれている。建築学会は建築出身の研究者・民間の実務家が中心である。都市住宅学会と不動産学会は社会科学系、工学系、また研究者・実務家がかなりの程度入り交じっていると考えてよい。もちろん4氏ともこれら学会に重複して加入している場合が多く、「代表」と呼ぶのは必ずしも適切でないが、とりあえずは各学会からの情報として、以下を報告していただいた。
・学会提言、報告書等の概況
・学会として行った「復興支援」活動
・学会として今後の震災にどう対処するかの指針
・被災地・被災者からのニーズに対して研究者はどう対応すべきか
・学会の課題、横断的研究について
その後残された時間は1時間に満たなかったが、会場から質問や意見を出していただいて活発な討論がなされた。
会場からの意見も加味して、大方の賛意を得た考え方を挙げれば次のようである。・各学会による震災研究の成果は、その量や取り組みの方法について、巨大学会から小学会までそれぞれに特色があるが、各学会の規模や性格に関係している印象である。
・平常時の学会活動の成果に比べて、震災のような非常時の学会活動の成果が十分なものとならないのはやむを得ない面もある。但し、それぞれの学会が平常時で積み上げてきた成果(例えば安全性の基準)が震災において疑問を生じさせているならば、少なくともそのことへの対応(レスポンシビリティ)と説明の責任(アカウンタビリティ)は求められるところである。
・研究成果が直接的に被災者・被災地の復興に役立つ局面は少ない。しかし実態調査の成果は多方面で活用されている。客観的な実態調査の実施は学会に課せられていると考えられる。
・工学技術に係わる提言は学会内でも比較的に合意が得やすいが、社会的事象に係わる提言は研究者各人の考え方の相違からして、まとめにくい。無理にまとめるのではなく、異なる意見たかわせる場として学会が機能することが大切である。
・各学会が提言をまとめることが必ずしも妥当でない中で、各学会が行った調査成果を素材として共有しつつ、種種の領域の研究者が横断的に集まって討論を深め「提言」的な発言をすることの大事さが浮き彫りになる。
・支援機構付属の研究会は、そのような意味で意義があった。研究会では、かなりの程度まで議論が深まったが、最終的な提言はやはり研究者個人の責任で出されている。
・今後類似の組織が震災の起きる前から、都道府県単位で作られるのが理想であろう。それとともに、震災や復興、事前対策などについて、種々の研究組織で行っている検討内容や成果を情報交換し、また相互に議論しあえるような仕組みの構築が課題と言えよう。
第6分科会報告
報 告 1 日本都市計画学会 中井 検裕(東京工業大学助教授/社会工学)
2 都市住宅学会 住田 昌二(福山市立女子短期大学学長/住居学)
3 日本建築学会 中林 一樹(東京都立大学教授/都市計画学)
4 日本不動産学会 田中 一行(成蹊大学教授/経済学)
討 論 報告者と会場の参加者による
司 会 安本 典夫(立命館大学教授/法学)高見沢邦郎(都立大学教授/建築学)
開会挨拶(高見沢邦郎)
支援機構では「付属研究会」を設置し、研究者を中心としつつ、職能団体からの参加も得て2年余にわたる研究活動を行った。その成果を98年1月には「緊急提言」として関係角界に配布した後、99年3月には「提言/大震災に学ぶ住宅とまちづくり」として刊行・市販したところである。
研究会を設置するに至った一つの要因は、学会の縦割り的体質を克服し、被災者が望む総合的な「住まい・暮らし・まちの復興」を議論する場を持とうとのことにあった。研究会では法律、都市・建築などの研究者、実務化による活発な意見交換が行われ、意図した成果に近づけたと考える。
さて、今後に学問分野を横断しつつ検討を進めるためには、関連各分野で今日まで復興問題がどう捉えられ、どのような研究成果が挙げられたか、課題は何であるか等を改めて確認しておくことが前提となる。そこで本分科会では、記念シンポジウムの後援団体である4学会の関係者から、1)被災直後に学会が関与した実態調査/その成果の社会的効果、2)学会提言、報告書等の概況、3)学会として行った「復興支援」活動、4)学会として今後の震災にどう対処するかの指針、5)被災地・被災者からのニーズに対して研究者はどう対応すべきか、6)学会の課題、横断的研究についての意見などを報告いただく。その後、今後の横断的な支援・研究への課題などを。開場の参加者を交えて論議したい。
報 告1 日本都市計画学会の復興支援・復興研究
中井 検裕(東京工業大学助教授/社会工学)
被災直後に学会が関与した実態調査が行われた
震災発生から約1週間後、関西支部が母体となった「震災復興都市づくり特別委員会」が設立され、1995年2月初旬に、同委員会が中心となり、全国から1000名を越えるボランティアが参加して建物の被災度調査が行われた。成果は、『阪神・淡路大震災被害実体緊急調査図集』として同年3月29日に刊行され、神戸市が震災直後に独自に行政目的で行った調査を除くと、市街地の状態に関する唯一の包括的調査結果として、復興計画立案や研究などに活用されると同時に、高い資料的価値を有するものとなっている。
学会による報告書・提言など
主な報告書・提言を挙げれば以下のとおりである。
1995.3 都市計画193号「阪神・淡路大震災緊急特集号」
1995.4 学会編「阪神淡路大震災 都市の再生−報告・提言・資料」
1995.10 関西支部編「これからの安全都市づくり」学芸出版社
1996.5 都市計画200・201合併号「阪神・淡路大震災一周年」
1999.2 学会編「安全と再生の都市づくり」学芸出版社
1999.3 都市計画217号「安全と再生の都市づくり」
復興支援活動は学会としてというより個人のレベルで行われた
復興支援に直接つながるような活動は、学会としては行わなかったといえる(既述の緊急市街地被災度の調査がそれにあたるといえなくもない)。ただし、学会の各種報告会や研究会を通じた人的交流や情報・意見交換は、国・神戸市などの新たな支援制度の構築に一定程度の影響をもったであろうこと、被災地の復興まちづくりへの個人的協力を一定程度促したであろうことなどを考えると、学会員個人レベルでの支援活動を高める環境作りに貢献したという意味で、間接的な復興支援活動はあったというべきだろう。
都市計画学会としての今後の震災対応策はまだない
今後の震災復興における社会的仕組みなどに関して学会の提案する方向は、上記報告書(特に「安全と再生の都市づくり」)に述べられているが、学会が震災直後にどのように行動すべきかについては言及されていないし、資金的な準備も特にはしていない。なお、都市計画学会では「安全と再生の都市づくり」の刊行をもって防災・復興問題研究特別委員会(本部)は解散したが、その後若手研究者を中心メンバーとした防災・復興研究委員会(常設)が立ち上げられており、その中で今後の震災に対する学会としての支援体制に関する議論がなされる予定である。
被災地・被災者からのニーズに対する研究者の対応
言うまでもなく、ニーズがあればそれにできるだけ応えるというのが、研究者に限らず全ての人に共通する基本的姿勢だろう。が、実際に何ができるかとなると、時間的にも、マンパワー的にも、資金的にも限界がある。研究者に対して何が期待されているのか(行政を始めとする社会一般に対する社会的発言か、復興支援に関する様々な情報のコーディネートか、具体の現場における専門的知識の提供か、…)が明確でないことも、その一因ではないか。
学会の課題、横断的研究についての意見
学会は学術団体としての位置づけが強く、職能団体としての位置づけが弱い、もしくは行うことが困難である。おのずと復興支援という現場からのニーズに対しては、学会としての対応はズレがあったことを認めざるを得ないのではないか。また都市計画学会にしろ、他の関連学会にしろ、もともとは横断的研究の側面をもっていたはずであるが、研究領域が悪い意味で細分化している傾向がある。大震災のような危急克緊急の事態には、既存の学会とは別に、目的を明確化した研究者組織を設立し、関連学会の復興に関する活動を生かしながら議論することが必要だろう、ただし、その組織が仲良しクラブとなってしまっては無意味だし、成果は社会的に評価されまい。かといって、全く対立する考え方の研究者が集まったのではまとまらないわけで、微妙なところである。
報 告2 復興研究と復興支援−都市住宅学会の活動を中心に
住田昌二(福山市立女子短期大学)
都市住宅学会は関東と関西で役割分担をした
震災直後に、関東を中心とした提言部会(国に対するマクロな政策提言や、会員などの参加によるシンポジウムの開催)、関西を中心とした研究部会(実態調査をもとに即地的な分析や提言)の二つを起こした。
研究部会では、大きくは4つのテーマで活動した。第1は住宅復興への提言で、95年3月に発表した(学会機関誌に収録している)、県市が何をすべきかをまとめたものである。第2は住宅被害に関する実態調査で、住宅の内部の損壊の調査(芦屋浜高層住宅)と、都市計画学会・建築学会の合同調査の結果を借りて、住宅の町丁目別・種類別(長屋、中高層、戸建てなど)棟数・個数に換算する分析を行った(神戸市、西宮市、芦屋市について)。40数万戸が対象で、県市に提供し、活用されるところとなった。第3は仮設住宅調査で、分布調査(郊外集中の実体、応募状況等)とバリアフリー化調査(福祉の方の協力も得て)をヒアリングするとともに、具体的な改善への提言をした。第4は住宅復興ニーズに関する調査で、被災後1年の頃にアンケート調査(典型14地区について郵送アンケート)を行った。4千戸から800の回答を得て、その中からサンプリングし、ヒアリングによって個別のニーズを調べた。他県に避難している150件の追跡等によって、多様なニーズがあることを明らかにした。
以上を1年間でやり、以後はその成果を個々人、グループの責任で分析して種々の機会に発表してきた。
住宅復興研究の基本課題
政策レベルで考えるべきことは三つある。一つは今後の災害対策として、いかに早く正確に実態調査を行えるかの問題である。98年に神戸市は課税台帳を用いて被害の数値を発表したが、本来は早い時期に応急被災度判定とも合わせて整理・公表すべきであったと言える。これがないと行政も政策施策が立たない。二つ目に、復興計画立案プロセスの問題がある。住宅5カ年計画の枠組みで戸数要求等を出しているが、マクロ的であって下からの積み上げが必要だったのではないか。三つ目は、災害復興公営住宅の問題で、大量供給の努力は評価するが、民間借り上げ等の施策を充実して、多様な住宅復興の道筋を講ずべきだったことである。
今後の学会としての課題
今後のことについては、第1に、前述の14地区などで、5年後あるいは10年後などの節目に定点観測調査をし、復興の実情を検証すべきと考えている。
第2に、5年経って全体が見えてきた今日、改めて住宅復興政策の全体的見直しの研究が必要とされている。これを具体的に言えば、被災後5年間、従来からの施策を改善しつつ対応してきたわけだが、やはり復興に際しては特別な施策群が必要であろう。そのことの追求がある。又、単線的な住宅復興路線であったことの問題点を踏まえて、ハード面でもソフト面でも複線的な、多様な住宅復興を可能にする計画論を導き出すべきである。多分それは、戸数重視のマスハウジングではなく、マルチハウジングもと呼ぶべき方法論となってこよう。
ただ、こういった研究を学会としてやるべきなのか、有志レベルで行うべきかの問題がある。例えば都市住宅学会で言えば、会員の考え方の違いがかなり大きいので、学会としての一本化は難しい。中井さんの言うような、学会にとらわれない組織からの提言が望ましいのではないか。このあたりについては今日の論点の一つとしてまた後に意見をいただきたい。
報 告3 日本建築学会の復興支援・復興研究
中林一樹(東京都立大学 都市研究所)
建築学会が行った調査研究の概要
建築学会の阪神・淡路大震災の復興に関連する研究活動には、本部としての活動と近畿支部による活動がある。構造系も含めた学会本部及び近畿支部としての活動の詳細は、別冊の配付資料を参照していただきたい(「日本建築学会の「兵庫県南部地震」関連活動について報告〈資料〉」建築学会事務局で入手可能)。以下、主に、学会本部としての活動を報告すれば次の通りである。
被災直後に学会が関与した実態調査としては、近畿支部会員を中心に構造的な被害調査(被災度判定調査)を行ったことがある。その社会的意義は大きかったが、準備体制が不十分だったことなどにより、限界もあった。計画系では、中井・住田先生も挙げられた主要被災市街地の建物被害悉皆調査がある。主要被災地域全域の悉皆的被害調査は、外観の目視調査とはいえ、早期に実施したものとして唯一で、行政においても評価された。やや変わった調査としては、近畿支部学会会員への被災調査(郵送アンケート調査)が行われ、被災者としての専門家の経験や見方が集まった。
次に学会提言、報告書等の概況を見ておきたい。まず、1996、1997、1998年の各1月に「建築学会第一次提言」「同第二次提言」「同第三次提言」を公表した。それに関連して設置された8つの小委員会のうち「木造密集市街地の防災まちづくり方策(佐藤滋主査)」、「災害時の対応行動と避難に関する計画のあり方(中林一樹主査)」、「復旧・復興計画のあり方(高野公男/熊谷良雄主査)」、「歴史・文化・景観の保全と再生のあり方(波多野純主査)」の4つが今日のテーマに沿うものと言えよう(詳しくは資料参照)。
刊行図書としては、5学会(県等・土木・機械・地盤工学・地震)の調査報告書刊行(丸善から出版)があり、そのうち第8巻:「建築計画/建築歴史・意匠」、第9巻:「海洋建築/建築経済/建築法制」、第10巻:「都市計画/農漁村計画」、共通編第3巻:「都市安全システムの機能と体制」の4冊が関係している。
建築学会大会時の協議会等における住宅・まちづくり関連の発表・討論は、1995年大会(北海道大学)では8発表会、1996年大会(滋賀県立大)では5発表会、1997年大会(日本大学)では2発表会であり以後は公式の協議会等は行われていない。
継続的なものとしては「都市構造防災化小委員会」が主催して復興まちづくりを公開研究会で検討している(2001年1月に第4次の提言を予定)。
以上を総じて、かなり活発な研究活動が行われたと言えようが、復興支援という観点からすれば間接的な貢献であって、直接的な支援が行われたわけではない。学会という組織の性格からしてそうならざるを得まい。
学会として今後の震災にどう対処するか、研究者としてどう対応すべきか
建築学会には、常設委員会の代表で構成する「災害委員会」があり、一定の災害発生が確認されると「学会としての調査を行うべきか」電子メールで意見を徴収し、合意が取れれば調査を進めることになっている(国内外を問わないが、構造技術の調査が中心で、都市計画、住宅関連は付随的である)。また都市計画委員会の中に「住環境小委員会・ 防災まちづくり」を念頭に、研究会を開催しているが、直接的に今後への対処を論じているわけではない。復興問題に関しては、「提言」をさらに具体的に肉付けする作業が必要だろう。
さて建築学会のような巨大組織になると「学会としての活動」を機敏に行うのは、非常に困難な面がある。基本的には、被災地域及び近傍地域の研究者(支部)の「支援活動」が中心となろう。学会本部という全国組織はそのバックアップが限界ではないか。よって、「研究者による復興支援グループ」はNPO的組織として形成し、活動を継続するべきものではないか。学会がたくさん設立され、学会単位でみるとそれぞれ活動すべきことがあるが、研究者からみると、複数学会に重複入会していて、どこで活動するかについて自分の中で調整が必要となるのが実際である。むしろ重複する学会ではなく、もっと幅広い横断的関係も必要かもしれない。社会学会、ボランティア学会と言った領域が、私には想定される。
報 告4 日本不動産学会の復興支援・復興研究
田中一行(成蹊大学 経済学部)
被災直後の実態調査や学会提言・報告書等の概況
私は公共経済学を専門にしていて、前の3人の方々が工学系であるのに対し、社会科学系の人間である。不動産学会(1300人ほどの会員)は工学系の会員がやや多いが、法律学の方など、社会科学系の研究者や実務家も多い。この幅の広さは意見の多様さであり、提言的なものをまとめることを難しくしてもいる。
学会として、被災状況、復旧・復興状況に関する実態調査は行っていない。なだし、1995年4月、学会に「阪神・淡路大震災復興の不動産学的研究」のための研究分科会を設けて、常設されている都市的土地利用研究会と共同で3年間、復興まちづくり・住宅復興に関する現地調査、及びヒアリングを兼ねた現地研究会を行った。ヒアリング(現地研究会)は、神戸市の復興都市計画並びに住宅復興担当部局、及びまちづくり協議会、マンション管理組合において行った。これらの内容は、都市的土地利用研究会の報告書にまとめられている。
学会として独立した「提言」は行っていないが、3回のシンポジウムを行い、学会誌に掲載する形で主張を取りまとめた。その記録は、以下に掲載されている。
不動産と都市災害(平静7年5月 東京)『日本不動産学会誌』39(10-4)
阪神・淡路大震災復興の不動産学的諸問題(平成7年10月 徳島市)同上40(11-1)
阪神・淡路大震災復興の現状と課題(平成8年3月 神戸市)同上41(11-2),43(11-4)
なお、研究分科会における諸成果は、16篇の論文及び報告として、『日本不動産学会誌』45(12-2)にとりまとめられている。(うち6編がまちづくり、5編が住宅関係など)。
学会として行った「復興支援活動」
直接「復興支援活動」として組織されたものではないが、いくつかの活動は、復興支援の意義を有していると考えられよう。学会では、不動産に関連する「事業」の中から毎年度優れたものを選び、「業績賞」を贈呈し表彰しているが、平成11年度は復興まちづくり及び住宅復興の6事例(甲南市場や東尻池コートなど、主としてもとの居住者の共同事業として成果を挙げたもの)を業績賞に推し、他の6件と併せて表彰した。
また、先に述べた研究会活動は双方公的な性格を有していたから、復興まちづくりの支援活動としても機能したと考える。その母体となった研究分科会は一応は解散したが、そのメンバーだった学会員のほとんどは今日でも現地とのつながりを維持して研究を継続、または情報の入手・交換を続けている。
学会として今後の震災にどう対処するか
学会としての「対応指針」は検討課題である。一部の会員を対象に試みたアンケートの結果を参考にしつつ私としての見解をお話ししたい。日本不動産学会は、「不動産」研究の組織化・統合化、「不動産学」の創造を目的に結成された学際的学会であり、少なくともその観点から今後の震災への対処を考えることが自らに課した社会的使命だと考える。学会では、住まいとまちを「連担する不動産」としてとらえ、また、相互に空間的影響を与え、こうむっている存在としてとらえている。その物理的・社会的・経済的価値の維持の成否が権利者たちの努力如何にかかっていることを考慮しつつ、住まいとまちの維持と復興の問題を考える必要がある。この観点から学会にとってとりわけ関心が持たれるのは、コミュニティーの維持、住まいとまちの「像」の共有、多少とも意見の相違のある主体間の合意の形成と言った問題であり、それを可能にする制度的・社会的条件の整備の問題である。
小さな政府(もしくは市場化とも言える)、意志決定の分権化(地方政府だけでなく、市民のレベルまで)、個人ないし市民(あるいは市民集団)の自立化の潮流を前提に、これらの課題に取り組むことを通じて、今後の震災に対処しなければならないと思う。
被災地・被災者からのニーズに対してどう対処すべきか、できるかについて
被災地・被災者からのニーズに対処することは、次に課題を伴っているだろう。第一に、この要請に応えるためには、規制の制度的パラダイムの変革が必要とされることだ。またそれは、アカデミックな意味でもパラダイムの問い直しを迫るものとなるであろう。全研究者にとって、その自覚が重要であると思われる。第二に、被災地・被災者のニーズに対処するためには、「被災地・被災者との共同」での県有が必要だと思われる。人々とのネットワークが必要である。それも、狭いアカデミックな枠を越えた人々を含めて、問題の共有、情報の共有を図ることが望まれていると考える。
学会の課題、横断的研究についての意見
学会の課題については(個人的意見の部分が多いが)以上である。「横断的」研究は、それを果たすためにも必要とされる。個人的には、阪神地域の産業の受けた打撃が大きかったこと、及びその復興が遅れていることに鑑み、「産業と不動産」の分野での横断的研究が重要だと考えている。
また、仮設住宅や復興住宅の調査などを行った経験からすれば、高層住宅には不満が多く聞かれた。仮設住宅はプライバシーがないと言われながらもコミュニティが生まれた。日本的な家屋のあり方と言った大問題も改めて研究の課題ではないか。
日本不動産学会は、「横断的研究」の場所として設立された(まだ十分に横断的ではないかもしれないが)。学会では現在、「不動産学」の学問的領域を再認識し、学会のアイデンティティーを確立することを目的として、『不動産学事典』を編纂中である。同書全16章のうちには震災を踏まえて「不動産と安全」の章が編まれ、7節(7項目)で構成されているが、2節分の執筆は非会員にお願いしている。震災研究には極めて学際的な視野が必要とされていることの一証左であることの例として紹介し、終わりとしたい。
討 論
(司会/安本典夫)
これより討論にはいるが、今の田中一行先生の報告の中で、法律学が復興問題に大いに関係するとのご発言があったので、広報を専攻とする立場から一言、付け加えさせていただきたい。
法律系の学会には大きく2種類がある。一つは、公法学会や民法学会のようなオーソドックスな分野別の学会で、もう一つは、土地法学会とか、交通法学会といった問題別の学会である。今回の震災で比較的迅速に動いたのは土地法学会で、シンポジウムを開いたり全国大会で取り上げたりした。しかし、前者の学会では、例えば憲法の一般理論では災害をどう位置づけるかといったこととなり、なかなか論議しがたい。その中で、昨年、公法学会が災害と法をメインテーマとして取り上げたのは画期的であったが、いろいろな問題意識の食い違いも出た。例えば、現場から組み立てようとする立場と、国家一般の責任論から論じようとする立場との違いである。とは言え、いずれは現実の災害や復興を踏まえて民法や公法の理論を組み立て直す方向へ進むことを期待している。公害法がまさにそのような展開が図られたのである。
さて、法律分野の学会の動向の一端をご紹介したが、今日の話題はこういった各分野の研究での成果が何で、どう蓄積されたかという問題と、他方、研究と支援の関係をどう考えたらいいのかの問題であった。またそれぞれに関して学会がどう関与すべきか、できるかについての発言がなされたと思う。
それでは質疑応答に入りたい。
(佐々木/中小企業診断士)
いくつかの質問がある。まず、東京で地震が起きたらどうなるのかを伺いたい。それから、学会での研究活動の費用はどうされたのかを伺いたい。また報告者の発言では総合的研究という発言が共通していたが、具体的にどういうことなのかが分からない。
(司会)
東京の震災は余りに大きすぎるテーマなので、今日はご勘弁いただくとして、研究費用のことについてまず。
(中林)
建築学会では、会計をやりくりして数千万円オーダーの研究費を用意した。しかしこれも数多くの分野、研究グループに分ければ少額で、研究費というより、連絡調整費として使われたと見てよい。実際の研究費は文部省の科学研究費の「重点領域」をもらった。4年間で6億円程度である。このお金が研究費の中心であるが、各研究者は個人あるいはグループで文部省の科研費、研究を助成してくれる民間の財団などに応募した。もちろん大学や研究機関の経常的研究費を充てたことが基本にあるが。
(中井)
都市計画学会として用意できたお金は数百万円くらいだろう。実際の研究には、住都公団からの研究委託費、東京都、あるいは横浜市・大阪市等政令市からの研究委託費を充てている。これらのお金を集めるのはなかなかの苦労である。その他、個人・グループレベルでの研究費調達は中林さんの発言と類似である。
(住田)
都市住宅学会はもっと世帯が小さいので学会ではごくわずかの研究費しか用意できていない。私の関与した部分は、県市と大阪府からの助成をいただいた。出版費は研究助成財団からいただいた。
(田中)
不動産学会の場合研究費に年間50万円だったと思う。土地利用研究会もその程度で、いずれも会場費とか報告書の作成費に充てられた。だから調査旅費とかの実際の費用は、基本的には個人あるいは研究グループの自己負担である。
(司会)
このように各学会の規模、歴史等によって額の違いはあるが、苦労して費用を調達しているし、研究者個人の負担も少なくない。職能団体では緊急の募金をすればある程度集まるが、学会では募金をしても、そうは集まらない。さて、もう一つのご質問の「総合的・学際的・横断的」研究の具体像について。
(住田)
「学会として」は難しい。特に都市住宅学会では論争(住宅の市場性・公共性)があり、復興住宅もその問題が大きい。勿論学会内での論争は必要不可欠だが、具体的政策提言には至らない。調査を全員でやり成果を共有することは可能だし、それを各個人がそれぞれに活用することは推奨されるが、提言は学会レベルでなく、別の組織だろう。住宅の問題はハードだけなら工学系で済むのかもしれないが、決してハードだけでは解けない。財政、制度、福祉など横断的な検討が必要である。それは別途のグループ、志を同じくするものが適している。その成果をまた学会で論争してもらう。そういうかたちではないだろうか。
(中井)
研究者は基本的には個人。私は今日の4つの学会の会員だが、では4学会の関係者が集まれば総合的な結論が出るかというと、そうとも思えない。支援という志が存在するならば、それを軸に、中林先生の言うようなNPO的組織があり得る。支援機構研究会は、市民を支援する組織を、さらに理論的、研究的側面から支援しようとする組織で、存在意義があったと思う。このような研究会がうまく運営されれば、支援を志す研究者を被災市民、被災の実際と結びつけることができる。しかし、研究そのものは組織で一本化するというより、個人のレベルに属するものだろう。
(司会)
神戸、特に真野地区の復興に活躍中の宮西悠司さん、学会とか研究者とかの活動について、意見を。
(宮西/都市計画プランター)
学会活動でもっとも役に立ったのは直後に行われた全域の被災状況調査だ。感謝している。一方で、学者の発言が被災地にダメージを与える場合もあることを認識してほしい。例えばこんなことがあった。被災後の早い頃、「区画整理地は戦場だ。戦場には非戦闘員はいらない」と発言した研究者がいた。従前居住者不在で区画整理を進めるのか、何のための区画整理だ、と、まことに腹が立った。しかも悲しくも恐ろしいことに、居住者不在と言わざるを得ない状況で事業が進行した。学会提言では「早く戻れるようにして、参加で計画・事業を」と言っていることは承知しているが、被災者の目線でなく事業の論理としか言えない一人の学者の発言が事態を紛糾させた。学問とは、学者とは、と考えさせられた。
支援機構は素晴らしい。本日、東京でやっているのは、せめて都道府県レベルで専門家、学者の垣根を外して議論すべきことをアッピールしているのだろう。東京は学者も多いから何とかなるかもしれない。神戸は昔から沢山の研究者を受け入れていて今回も学者のネットワークがいろいろつくられた。それ以外の静岡とかではどうなるだろうか心配ではある。
(塩崎/神戸大学/建築学)
復興研究はともかく、復興支援に学会が関与するか、できるかには疑問がある。怪我した人を助けるといったレベルでは支援として異論は出てこないが、復興は単純でない。学会のようなパブリックな団体が、復興はこれが正解ですよといった見解を出すことは問題がある。復興プロセスの中では異論、反対論が出るのが当たり前だ。
被災の調査は役に立ったし、やるなという人はいない。しかし復興の現場ではそう簡単ではない。現にある地区で学会関係者としての立場で異論を封じようとした場面が見られた。一般市民からは学会の人が言うのだからと受け止められるが、反対論は抹殺されてしまう。研究者個人、専門家個人が見解をもって一方の市民を支援することはあっていいが、学会がやるべきことではない。学会は個々の研究者の活動を促進する役割にとどまるべきだ。いろんな説があって、論争する場としての学会も価値がある。
支援機構研究会は自発的に集まって、意見をまとめ、市民的承認を得られるように努力するという仕組みであった。学会では議論が煮詰まらないのが普通であるが、集まった研究者の意識に共通の思いがあったことが、かなり深い議論を可能にしたと思う。
(広原/支援機構代表)
研究も非常時と平常時は違うのではないか。平常時を旨とする学会に非常時の活動を求めるのは無理だ。建築学会でも近畿では、支部の役員は全く動かなかった、あるいは動けなかった。結局個々の研究者が止むに止まれずそれぞれの思いで駈け出したのだ。織田信長が馬で馳せ、それを家臣が追いかけ、戦闘集団が作られるようなスタイルでないと、非常時はどうにもならない。学会にはそれができない。あくまで学者個人、思いを同じくするグループだ。そのようにして得られた成果、課題を学会が平常時に議論するのは構わないが。
(高見沢実/横浜国立大学/都市計画学)
学会はだめだと否定するだけではいけないのではないか。田中先生もちょっとふれられたが、学会には学問の団体としての社会的責任というものがある。住宅が倒壊して人が亡くなった、地震と建築物の関係をどう見るのか、都市づくりはどうあるのか。責任、その一つはレスポンシビリティで、それをあいまいなまま、学会はさておき研究者個人ががんばればいいのだ、非常時に学会は役に立たないと決めつけるのはどうかと思う。責任を自覚しつつ研究する、意見の相違は相違として認識するということではないか。
責任のもう一つの、アカウンタビリティも重要だ。調査研究が公開されているのか、交流されているのかというと疑問がある。ホームページ等の手段を通じて研究情報や議論が交換される、ネットワーク化される可能性を追求すべきと考えている。
(司会・安本)
議論が盛り上がってきたところで残念だが、既に時間が過ぎているので、終了としたい。
今日は4つの学会の震災以後の関連研究動向を紹介いただいたのち、個人の研究や共同の研究、あるいは研究を通じての、または研究者としての復興支援への関与の問題を、学会という組織との関係を軸に意見を述べていただき、また質疑討論を行うことができた。結論的に、災害という非常時における支援という局面において、学会が果たせる役割は小さい。逆に学会が一つの意見を持って臨むと復興の現場に混乱をもたらす危険性もあることが指摘された。支援は研究者個々人のレベル、あるいは志を同じくする研究者の集まりにおいてなすべきではないかというのが、共通の理解かと思われる。
また学会はそういった研究者の活動を支えるとともに、研究者間における研究論争を保証する役割を果たすべきと言える。また社会に対して学会は、災害と学問のあり方について責任ある発言をする必要性があることも確認された。
このような理解をベースにしたとき、阪神・淡路大震災を契機とする支援機構研究会の活動は評価できるものとの意見が出された。とはいえ私個人としては、まだ志を同じくするというほどの研究上の、研究方法論上の一致点が見いだされたとまでは考えていない。しかし、少なくとも状況を何とか拓きたいとする意味での志は一致していたのではないかと思う。(東方出版から刊行した)提言も、あるところまでは全員で議論し、ぎりぎりのところでその先は個別の論文(提言)としてまとめた経緯が、このことをよく物語っていると言えるのではないだろうか。
結局、研究と支援のあり方もいろいろなレベル、方法があるのだろう。総合化とか横断的とかいうのも、さまざまなレベルでの、目的や方法、あるいは志を同じくする研究会からの発信が重層的に噛み合ってこそ成り立つのではないか。これら組織の情報公開、情報根幹の大切さも改めて指摘されたところである。特に学会がそういった協働の場としての性格を持つことも確認された。
それでは最後に報告者4氏にお礼申し上げ、本日の第6分科会を閉会することとしたい。
(本報告は研究会会員の高見沢邦郎、高見沢実が分科会記録をもとに作成したもので、文責は両名にある)
2000.02.10(Thu)18:50 | 4 東京シンポジウム