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テーマ 「税務分野における被災時対応の実態
           -大震災から学び伝えることは何か」
     

挨 拶  池田 隼啓(近畿税理士会副会長)
報 告  境  一燦(近畿税理士会震災対策特別委員会委員長)
     佐藤 庸安(近畿税理士会震災対策特別委員会会員)

 近畿税理士会は、税務分野における被災地対応の実体(…大震災から学び、伝えることは何か…)をテーマとする第2分科会を担当した。橋本恭典副委員長の司会による配付資料の説明のあと、池田隼啓近畿税理士副会長から、要旨次のとおり挨拶があった。
「震災直後の近畿税理士会の対応について、救援対策本部を設置し、次に掲げる三つの柱を立てました。第一点は会員の安否情報の収集、第2に義援金の募集、第3に雑損控除の時価の算定に簡便法の適用を認めてほしい旨の要望です。その中で、我々はまず移動式の税務相談所を設け、各地区に車を走らせて税務相談を行いました。また一方で税のホットラインで、各被災者の方から電話を受け、確申期における対策を立てました。震災から5年が経ち、街並みは一応復興したように見えますが、心の被害はまだ回復しておりません。我々税理士としては、今後どのような取り組みをしていくべきかといった視点に立って本日のシンポジウムを開催しました。是非このシンポジウムを意義あるものにしたいと願っております。」

 続いて、報告に移り、境一燦委員長より、震災当時の神戸支部長在職時に出版した税務実例を中心にした「激震-あれから2年」、現在の本部の震対委員長として発行した「震災・その轍」・「危機管理マニュアル要綱」等の紹介があり、その作成の経過と体験が披露された。活断層下における直下型大地震の特徴的な構築物の破壊状況、避難所生活の悲惨さ、ライフラインの破壊、救援活動・消防活動等の状況、地場産業の復興の遅れ、関与納税者への支援活動、震災後の税務調査、神戸市の緊急総合法律相談窓口への対処、兵庫県の中小企業に対する総合相談所開設への協力、税のホットライン相談、そして会員の安否、被災状況の現状確認等、貴重な体験が報告された。その中で、「災害時には、各支部が敢然と対応し、的確な情報を本部に提供する。税制の要望など支部から本部に問題を伝達し、本部はそれを正確に、国税局等や関係諸団体に送っていただく。各支部は事前の認識と、災害時は強力なリーダーシップで即断即決しながら物事を進めることが大変重要である。」と報告されたことが印象的であった。
 続いて、佐藤庸安委員(当時神戸支部副支部長)より、会員の震災税務問題の対応について要旨次のとおり報告があった。「震災税務・震災の状況としては、すでに現在は平静に語るという状況ですが、震災当時2~3年間はやはり特殊な状況であったわけです。その当時の心境に戻いとうまく説明できないし、理解もしにくいと思います。税金問題も行政対応も平時の考え方では駄目なのではないか。非常時の価値観への切り替えが前提にないと、納税者の方に対して納得が得られない。税における公平についても、平時と非常時では考え方を変えないといけないというのが基本でした。広域災害では、税務にかかわりなく、被災地の被災を援助するだけでは物事はうまくいかない。被災を共有する、まさに自分が被災者なのだという立場に立たないと支援はうまくいかないというのが、私の経験です。」
 引き続いて質疑応答に移り、参加者との活発な意見交換が行われた。主な質問項目は次のとおりである。

①税理士が被災者で、納税者が被災者でない場合の超法規的延長は認められるのかどうか、その場合の摘要要件について

②自宅と事務所が離れている場合の注意事項について

③会員の安否確認のための緊急連絡網の整備について

④震災による会員の死亡・業務停止の場合の事業承継及びにせ税理士問題について

(第2分科会参加者75人)。


第2分科会の報告要旨

1.挨 拶

(司会) ただいまよりシンポジウムを開催します。開会に先立ち、第2分科会担当の近畿税理士会副会長、池田隼啓よりご挨拶申し上げます。

(池田) 本日は早朝より各地からご参集いただき、厚くお礼を申し上げます。
 ちょうど今から5年前の平成7年1月17日、神戸を中心とする阪神地区に想像を絶する大地震が発生し、6423名の尊い人名が奪われました。近畿税理士会の会員の中からも4名の犠牲者が出て、税理士の事務所や自宅等の全壊・半壊、あるいは一部損壊を入れて1046の犠牲が出ました。私たち近畿税理士会は3日後の1月20日、阪神・淡路大震災救済対策本部を設置しました。当時の会長(現連合会会長)の森金次郎先生を中心に対策本部を作り、専務理事・常務理事を各担当に張り付け、3つの柱を立てました。会員の安否情報の収集をしようということが第1点、第2に義援金の募集をどうしたらいいかを考え、第3に、3月の確定申告における雑損控除についていろいろ検討し、時価のとり方に簡便法の計算をしてほしいなどを行政にお願いしました。
 第1点の会員の安否状況にはずいぶん手間取りました。まず通信関係は全部途絶え、交通機関についても電車、バス、タクシーは道路の全壊で全く使えず、自転車しかなかったわけです。神戸市を中心に、いろいろ支部長や会員の皆様方に逐次報告をいただこうと本部で詰めて情報収集し、1か月ほどかかって大体の税理士会会員の消息を知ったという状況で、先程のような結果であったわけです。
 次に義援金を募集して3億1700万円をいただき、全国6万4000の税理士の方に、あらためてお礼を申し上げたいと思います。その義援金は会員のみならず、一般の被災者にも一部配分をさせていただきました。
 第3番目の損害雑損控除の問題については、縷々研究し、急きょ行政にお願いしました。従来、行政は腰が重いのですが、このときは非常にスピーディーに取り扱っていただけました。
 その中で、我々はまず移動式の税務相談所を設け、各地区に車を走らせて税務相談を行いました。もう1つは税のホットラインで、各被災者の方々から電話を受け、確申期における対策を立てました。
 今5年がたち、家やビル、町並みは一応外から見れば復興したようですが、心の被害からはまだ復帰しておりません。本日は全国の皆様に声をかけ、我々税理士としていかがしたものかというシンポジウムを開催しました。本日の報告者である境先生は近畿会の常務理事で震対委員長、佐藤先生もメンバーの一員で、この2人は実際に神戸で被害にあわれた方です。
 このシンポジウムを意義あるものにしたいと願っております。本日はまず皆様方に対して心よりお礼を申し上げつつ、開会の挨拶とさせていただきます。


2.被災直後の混乱した状況

(司会) それでは第2分科会を始めます。まず震災対策特別委員会委員長の境一燦、次に同委員の佐藤庸安会員より報告をいただきます。

(境) 震災当時、私は神戸支部長をしておりました。本来ならばあと数か月で任務は終わるところでしたが、たまたま震災が発生したため都合4年間務め、3年間まるまる支部でこの問題に取り組んできました。支部長を終えてからは本部の震対委員長として任務にあたり、『震災・その轍』という冊子を平成9年1月17日に発行しました。これは震災の体験と、当時行政機関等から出された種々の情報を取りまとめた冊子です。同時期に神戸支部では、税務事例を中心にした『激震―あれから2年』も出版しました。その翌年には『危機管理マニュアル要綱』を発行しております。現在はその趣旨に沿って「危機管理規程」を作成中で、2000年度中に完成したいと目下取り組んでいるところです。
 今年は阪神・淡路大震災から5年という節目の年です。ご存じのように1月16・17日には各マスコミが長時間番組を放映しました。その映像を見ながら2度とあのような悲惨な体験はしたくないと改めて思った次第です。高層ビルや新幹線、地下鉄・地下街などが発達した大都市で、しかも活断層下における震度7.1の直下型大地震が起きたことは、「有史始まって以来」という表現をしていいと思います。昨年8月にはトルコで神戸とほぼ同規模の地震が発生し、9月には台湾中西部でマグニチュード7.7の大地震が発生しました。そういったこともあり、最近とみに大地震に対して皆さんの関心が深いと思います。そこで神戸というローカルな都市から、東京という中心都市でこの問題についての情報を発信させていただくことを我々からも発案し、この機会が実現したのです。
 早朝5時46分、ゴーッという地鳴りがしたとたん、ドスンという大きな音と同時に揺れが始まりました。過去に我々が教えられたことは、地震が発生したらすぐガス栓や電気を切りなさいということでしたが、あの大地震では立って一歩も歩くことができず、数秒の間に木造住宅は1階が押しつぶされ、2階が道路に面するという破壊のしかたでした。7~8階のビルは4階と6階の間の階が押しつぶされて5階部分が潰れるという破壊をいくつか散見しました。いままでは地震で建物は横に倒れるという常識を持っていましたが、そういうものではない。これが活断層下における直下型大地震の、特徴的な構築物の破壊状況と思われます。
 しかも、その揺れは十数秒間続きました。その後も震度4~5の余震が多発しました。台湾地震は震度7.7、阪神・淡路大震災が7.1です。淡路島の北淡町に残されている野島断層では高さ約2メートル余りの段差が生じましたが、台湾では7メートル以上ということで、わずか0.6か0.7でそれだけの差が出る。地震の専門家の話では、0.5の差で、ほぼ地震のエネルギーは10倍くらい大きいそうです。
 夕刻には市・県の指導に基づき、各学校・公民館等に一時避難しましたが、その生活がまた大変でした。ちょうど1月で寒い最中、フローリングの上にござなどを敷いて、ダンボールで囲いをしながら毛布にくるまって生活をする。ある人は公園などの空地にテントを張って生活をする。それは仮設住宅が建設されるまで続いた状況でした。
 ライフラインは、港湾施設をはじめ交通機関その他すべてが破壊されたので、移動することができませんでした。特に困ったのは水でした。飲み水程度は給水車で間に合うのですが、水洗であるトイレが使えない。避難所の方々がまず一番困ったのはそこで、非常に不衛生な生活を強いられました。簡易便所は設置されましたが、数が追いつかない。電気やガスなど暖をとるのは何とか登山用ボンベなど代用品で間に合うのですが、水だけはどうにもならない。我々会員の中には、水を汲んで配達して回った方も大勢います。またある避難所ではボランティアの方々が、湯たんぽを夕方になると避難所に持っていき、朝、回収してまた持って行っておられた。
 神戸に全国から来られたボランティアの人数は200万人といわれます。自然発生的に若い人を中心に集まり、だんだんそれが組織化されて今なお神戸でいくつかのボランティア団体が残っております。そういう人たちはトルコ、台湾等にも行っておられます。我々は日ごろ「今の若い人た」と揶揄することがありますが、あのときの若い人たちのエネルギーには本当に目を見張るものを感じました。現在、NPOがずいぶん各地域で組織化されていますが、神戸で起きた地震の一つの教訓がそこにも活かされたと思います。
 食糧の問題については、企業やボランティアの協力により、さほど量的に不自由はせずにすんだと思います。ただ各避難者に持っていく作業が、公民館や避難所はわかるのですが、テント生活をしている方を探しながら配達することは大変だったようです。まして温かいものを食べるという贅沢は言えなかった。避難所によってはボランティアの方々による炊出しがあって、たまには温かいものを口にすることができたようです。
 全国からの救援物資が送られ、また、救援活動や消防活動のために、横浜、東京、広島方面からの消防車を神戸市内で見かけましたが、17日午前中は、道路が破壊され、路上に倒れた建物でふさがるという状況でした。しかし、何とか車を通すことは可能でした。午後に入ると、郊外から市内の親族や知人の安否を尋ねるため車で入ってきた結果、市内で100メートル走らせるのに1時間もかかるという混乱状態でした。したがって翌日には交通規制をして、救援物資等の車両以外は市内流入を規制する処置がとられました。
 しかし、消防活動などはほとんどできませんでした。これは送水管が破裂したため、消火活動用の水が出ないので、目の前で燃えていても消すことができない。消防士の「水があれば何とか消せるのに」と地団太を踏んでおられる姿が各所で見られました。自分の家族が目の前で焼け死んでいくのをどうにも救うことができないという実例もありました。また死亡者6432名の中の大半は、建物による圧死でした。
 やがて、県・市によって仮設住宅が4800戸建てられ仮住まいが始まりましたが、それも一時にはできず、高齢者や障害者などを優先しながら仮設住宅に移っていただく。数年後、被災者用住宅が、官民を挙げて建設され転居したが、かつての町に必ずしも帰って住むことができず、不慣れな郊外に住まなければならないという不便も当然出てくるわけです。特に老人の方々はずいぶん精神的に悩まれたわけで、震災の直接的な死亡者は6432名ですが、仮設住宅で孤独死をなさった方は233名です。今年の1月14日に神戸の最後の仮設居住者が住宅に移り、完全に仮設居住者がいなくなるのに5年かかったわけです。
 その中で比較的早く復旧したのは電気や電話でした。次にガス、水道で、これは地中に埋設されているので破裂個所を見つけるのが大変で完全復旧に6か月くらいかかり、地域によってはその間使用できなかった。また港湾施設も神戸の場合は基幹産業の一つですが、非常に早く復旧し、政府の公共投資のおかげで約1年半で完成しました。業者の話では、2年足らずで10年分の工事をしたということですから、非常なスピードであったわけです。
 ひるがえって個人所有の住宅については、いまだに更地で残っている個所がたくさんあります。長田の菅原地区や大田町です。須磨と長田の境界にあって神戸の地場産業であるケミカルシューズの生産地ですが、中小・零細企業、家族による家内工業の非常に多いところで、まだ3割も復旧していない。扱う生産量はかつての6割くらいに戻っていますが、ほとんどが中国あたりで作ったものを売っているということです。それらの工場は、隣近所での分業が長い伝統の中でうまくかみ合ってきたわけですが、今ではそうはいきません。我々の業界でも、ケミカルシューズ関係を主にやってこられた税理士は大変ではないかと思います。
 また港湾設備は復旧しましたが、港湾関係の各社の業績はかつての7割くらいではないか。港湾の破壊で他港に貨物が移り、復旧が終わっても神戸に帰って来ない。荷主は非常に保守的で、新しい地に陸揚げすることには慎重であるが、他港でスムーズにいけば、もはや神戸に帰る必要はないという判断があるようで、港湾関係も大変です。
 我々の関与先については、1か月半先に平成6年度確定申告期が来るという時期でした。やはり自宅や事業所が全壊・全焼された方は、申告を心配する余裕もなく、身内が亡くなった方などはただ呆然としている状況でした。しかしその後、半壊・一部損壊などの方の不安に応えるため、我々は被災者に対する支援活動に取り組んできたのです。
 我々も被災者の1人として、他の方と同じ条件でした。私も事務所が、神戸市の判定では全壊で、危険だから建物を利用するなという赤紙を貼られました。さりとてじっとしているわけにはいかず、数日後にドアを開けて中に入りました。「地震で室内の隅に机や機械が全部偏っているのかな」と思ったのですが、しかし、異様な状況でした。机の上に机が重なり、またその上に書庫が重なっている。これも直下型地震の特徴的な現象かと思います。皆、懸命に自分の事務所を何とか片づけながら、客先に必要な情報提供もしなくてはならない。相談があれば事務所に電話がかかるだろうと、一心に片づけに取り組んだと思います。
 税務官公署は、被災地で建物が倒壊したところは1署もなく、ただ署内の書類、書庫その他は相当散乱して後片づけに大変だったようです。また遠方通勤者も大変だったようですが、平常業務にわりと早く就くことができたようで、平成7年7月の異動後は税務調査にも出ていました。その中で、我々税理士は被災者支援その他で、事務所の業務に専従することができず、当局にもいろいろ要望しながら、何とか切りぬけていくことができました。平成6年度の申告は期限延長が認められたので、その期間に何とか納めていくことになりました。
 まず我々は関与先へのサポートとして情報提供をしなくてはならない。震災に関連する税務も初めての体験ですので、いろいろな予測を込めながら電話やファックスや訪問で情報提供し、安堵感を与えながらサポートしました。自転車や単車で関与先を巡りました。単車はすぐに売り切れるほどで、その後、神戸の風物詩ともなって、単車で郊外から通う人が増えたようです。単車で移動中に骨折して入院した会員もありました。


3.税理士会の被災地への支援活動

① 被災者への支援
 このような状況のなかで我々は被災住民に対する支援活動に取り組みました。最初に神戸支部に、何とか支援をお願いしたいと言って来られたのは神戸市でした。1月24日に電話があり、「市民に対する緊急の総合法律相談窓口を設けたい。弁護士以下士業6団体に依頼しているが、税理士会もひとつ協力を願いたい」と。1月27日から2月28日まで、私どもは延べ数十人の神戸支部会員を相談に従事させました。
 そのときには、震災税務がどのようになるのかという情報は全くないわけで、既存の個別速報等を参考にしながおおよそこうなるのではないかと。だから、「皆さん、そんなことよりも自分の事業をこれからどう立ち上げるかをまず考えなさい。税金のことは後のこととして、とにかく今はそちらに精力を集中なさったらいかがでしょう」と、身の上相談まがいの税務相談を各士業の方々としてまいりました。
 次に、1月26日に兵庫県から「兵庫県南部地方の中小企業に対する総合相談所を開設したいので、派遣をしていただきたい」という依頼が本部にあり、本部からは「大阪・京都からが神戸に行けないので、何とか地元で対応してほしい」と。やむをえず1月27日から1か月あまり、交通が再開するまで神戸支部会員に担当してもらい、開通した段階で京都・大阪の方にも来ていただいて3月末まで行いました。
 その他、税のホットラインは、電話を特設して神戸支部会員や京都・大阪の方々が相談を受けました。大阪・京都からは、神戸まで直通電車では来られず、途中で何回も私鉄とJRを乗り継ぎ、市内に入るにはタクシーや徒歩で来るなどしました。一方、本会では車をチャーターして避難所に出向き、税に関するいろいろな相談を受けました。

② 会員への対応
 会員に対しては、まず会員の安否、被災状況などの現状確認に努めました。これらを通じて私どもが感じたのは、各支部の果たす役割は非常に大きいと。近畿会の場合は大阪に本部があり、被災地は神戸を中心とする阪神地区です。その間の交通・通信は途絶え、孤島のようになってしまう。かといって、すべての被災者を本部で掌握することは不可能です。やはり支部でないときめ細かなことができません。各支部長は、果敢にリーダーシップを発揮しなければならない。「皆に集まっていただいて相談」などと言っていると時期を逸する、という体験をしました。
 やはりこうした災は各支部がきちんと対応し、的確な情報を本部に提供する。税制の要望など本部に問題を伝達し、本部は国税局や関係諸官庁に送っていただく。情報提供者は被災地の支部であると、私どもの体験から感じたことであります。

③ 税務行政当局への要望
 当局への要望事項については、地方自治体に出したものもあり、また税制の問題だけでなく、税務行政を執行するにあたっての要望も含めてしております。例えば、税理士が被災者で納税者は被災地でないというケースもあります。そのときは、被災税理士の関与先の税務調査等は、やはり被災者の扱いと同様にしてほしいということまで要望に入れました。また、要望書は第1次・第2次・第3次にわたって会長名で提出しております。この中には税制要望だけではなく、行政上の問題等も含めており、また地方自治団体に対しても行っております。
 我々は日ごろ、地方税法になじみがない部分もあって、所得税法上の雑損控除と、地方税減免適用の選択の問題は、条文を読んだだけでは理解できない難解な部分もありますので、神戸支部では早速、震災税務の相談窓口を作り、会員からの相談に応じた。また震災税務に関する研修会も開催しました。
 2月の終わりに、およその震災税務の取り扱いについて国税局の方針が決まりましたので、その研修会を行うにあたって、大会場がなく、ようやく300人入れる県の教育会館を確保して実施しました。神戸支部は当時403名の会員でしたが、会場に入りきれずずいぶん苦情も受け、執行部が謝りながらも開催することができました。
 さらに、税務署、県、市、それに国民金融公庫からそれぞれ担当官を招請して震災税務の問題、被災者に対する融資問題についてシンポジウムを開催し、会員からの質疑に対し応答していただき、併せて要望なども行い、被災者支援にあたった。
 一応私の前半部分の報告はこれで終わり、また後ほど後半部分の報告をさせていただきます。


4.震災税務

(佐藤) 私は当時、副支部長として会員の震災税務問題の対応を主に担当しました。震災税務は大変複雑で、行政との齟齬やトラブルがいろいろ出て、その要望や折衝を行ったわけです。また今日の主催者である「阪神・淡路まちづくり支援機構」という専門家のボランティア団体の中でも税務問題の処理にあたってきました。その経験の中から、要約的に話をします。
 震災税務・震災の状況について現在はきわめて平静に語ることができますが、震災当時2~3年間はやはり特殊な状況にあったわけです。その心境に戻らないと、どうもうまく説明できないし、理解も届かないという気がするのです。
 当時我々が言っていたのは、税金問題も行政対応も平時の考え方ではだめなのではないか。非常時の考え方と対応へのスタンスや価値観の切り替えが前提にないと、納税者の方に対しても納得が得られない。税における公平についても、平時と非常時では考え方を変えないといけないというのが基本でした。
 近畿税理士会も、片腕を殺がれるという状況に至ったわけです。やはり震災では神戸が中心で、大阪、京都、奈良、和歌山あたりでは、激震は感じたがそれほど被害は出ていない。その地域から被災地を支援するというかたちでしたが、やはり会員の気持ちの上でのずれが出てくる。「大変なことが起こったので、会としても援助しなくてはいけない」という姿勢なのですが、被災地の要望は非常に激しく強いため、コミュニケーションのずれが出てくる。したがって、これは税務にかかわりなく、被災地の支援は、被災地の被災を援助するだけでは物事はうまくいかない。被災を共有する、まさに自分が被災者なのだという立場に立たないと、支援はなかなかうまくいかないというのが、私どもの経験です。
 結果としては、周囲から多くの援助もありましたが、阪神間の被災地におけるその後のさまざまな困難は、「被災地の方が被災地を支援する」という図式で継続されてきた。もちろん、周りからたくさんの援助もありましたが、これが広域災害の実態です。

① 緊急税務処理の公表
 まず、緊急税務処置の公表です。7年1月17日に地震が起こり、税理士は何を考えたかというと、すぐ1月20日に源泉所得税の納期に関して、特例の期限が来るわけです。そこで、自分の家も潰れて事務所もガタガタで、書類はどこにあるかわからないのに、納付書だけを持って得意先を歩いた税理士もいました。納付書をとにかく納税者に渡すため、大変な時期に走り回った方も結構おられたことは覚えておくべきでしょう。「もうこんなだからどうでもいい。破産でもすれば取られないだろう」と見切ったずぼらな方も一方ではいるわけです。
 すぐに1月末の合計支払調書、あるいは償却資産の申告、給料支払報告書の提出時期が来ます。それから、3月15日の個人関係の確定申告期限が来る、その作業を進めていかなければならない時期に災害が起こりました。災害が発生した時期によって、その後の税務上の緊急措置は当然変わりうると思いますが、今回の阪神大震災の場合は、まさに3月の確定申告直前に起こった。この場合にどういう処置がなされたかが1つのポイントです。
 課税庁の対応は非常に早かったと思います。約1週間後の1月25日に、「当面、確定申告期限や納付期限が来るものは全部、延ばす」。この文書を受け取って、税理士さんはほっとしたと思います。この1週間は休業状態で、やっと事務所に出て整理ができた時期なので、非常に早かったと思います。
 その後、その延長申請だけでは不十分なので、まず確定申告の期限延長については逐一、課税庁の税制処置がとられました。2月27日に、正式な期限延長の具体的な定めがなされ、被災後に来る納期についてはその年の5月31日まですべて延ばす。例外として源泉所得税の納付については、延長はない。続いて、個人の確定申告は一応5月15日になったわけですが、やむをえない事情で相当な被害がある場合は、翌年の3月15日でもいい。法人についても翌年の5月31日まででいいと。「但しどうしてもやむをえぬ事情があった場合」という添書きは、通達でもなく課税庁の文書なので、どういう場合が1年後でもいいのか、現場の税理士はずいぶんと悩みました。
 そういう概括的な延長以外に、個別延長申請を通則法の11条に基づいて認めるという措置がなされました。大半の税理士事務所は、法人の申告についてはその法人の個別事情や自分の事務所の処理能力により、個別的に延長申請を出しました。だから、全部を1年延ばして作業を進めたわけではなく、大半は個別延長申請を出したということです。
 この個別延長申請の手続きは、ずいぶんと面倒くさいわけです。一法人については税務署に出さなければならない。それから市、県、分割法人については延長申請を出さなくてはならない。その延長申請の提出についても、税務署に延長申請を出したという控えを、それぞれに添付しなければならない。阪神地域は事情がよくわかっているのですが、東京方面に出すとなかなか話が通じず、遠隔地とのトラブルがありました。
 これはすべて納税者の事情による延長措置です。阪神大震災の広域被害においては、納税者は何もないが、税理士事務所が完全に麻痺しているというケースが非常に多かった。そこで、近畿税理士会として要望し、税理士事務所が被災しているケースについても延長申請ができることになった。これは国税通則法上の文言からはできないと書いてあり、法的に欠陥があるのではないかとその後思いましたが、処置はなされたということです。ただ、課税庁は非常に期限についてはその後も1年程度、きわめて弾力的に取り扱ってくれて、結果的にほぼ対処することができました。
 ただ2年分たまった分、その後の法人の個別延長申請の遅れなどで、翌8年の3月15日に大変に困難な時期を迎えました。この時期に再延長の要望を、近畿税理士会として行政に出しましたが、残念ながら認められなかった。現場を預かる我々としては、そのときもう1回延ばしていただくと、だいぶ精神的・肉体的負担が軽減されたと思います。

② 震災税務の特徴
 続いて震災税務のことですが、これは基本的には、震災に伴う損失を税制上低減するということです。まず、罹災証明書が被災地で出されました。罹災証明書は法的根拠は希薄だと言われますが、被災地では区役所や市役所に長蛇の列ができて大変な状況でした。この罹災証明書は、税務上の雑損控除の計算に連動する。さらには補助金や援助金、会社の登記など、あらゆるものの添付資料になりました。これを証明しているのは市なので、各市は1か月くらいの間に全住宅について判定したわけです。ですから公平の問題、判定ミスの問題が大変で、再度役所にねじ込んだりしました。「お隣は半壊で私のところはなぜ一部損壊だ」と。
 それから、罹災証明に基づく簡便法による雑損控除の計算が、大阪国税局から公表されました。これは2月20日過ぎくらいから、各税理士へ説明されました。雑損控除は時価ベースに損失を認定しますが、その時価の計算がわからないということで、簡易な計算表を用意した。この時価についての国税局の認定金額はきわめて時価に近いか、場合によって高いものもあり、非常に実態を反映した計算表だと好評でした。以前の雲仙普賢岳や北海道の南西沖地震などでも、すべて簡易計算表は用意されましたが、仕組みは似通ったものであっても額が違います。今回の大阪国税局が公表したものは、納税者の納得する計算だと思います。
 ただ、簡便計算の中でマンションが問題でした。一戸建の罹災証明書はそのまま使えたのですが、マンションの罹災証明書で一部損壊扱いになったものは、それだけでは簡便計算を適用しないという方針を大阪国税局は打ち出しました。その点で、現場にかなり混乱が出ました。税理士は2月20日の説明会では「そういう説明は受けていなかった」。国税局は「当時からそうだった」という説明で、食い違いが出ました。マンションについては、別途主体的な構造部に損壊がある旨の証明書を付けないと、一部損壊を認められませんでした。すでに税理士は当初の説明を受けて、別の証明書は付けずに簡易計算で税金の還付申請をたくさん出したので、それが全部止まり、還付保留という事態が起こりました。この問題で納税者と軋轢を起こしたのは反省すべき点です。
 それから税理士会として納税者からの相談で一番問題だったのは、住宅の再建です。震災特例法は2月17日と3月24日の2回に分けて出し、いろいろと建て替えのための資産税関係の特例や、引越しのための居住財産の特例等を設けました。これらは、被災地を再建するという部分で一応の措置はしたという考え方だったのですが、現実に我々がまちづくり復興で支援に入ると、その震災特例法ではどうしても対応できない。それでやれば税金が出るという事例が2例ほどありました。
 例えば、都市部は旧住宅市街地で密集しています。小さな2間間口の4~5軒の建物がたくさん並び、後ろには3~4倍もある建物がある。さまざまな面積のものが全体的に破壊された。そこへ住宅を再建する。そういう狭いところでは、現在の建築基準法では建物が建たないのです。以前から建築基準法では「既存不適格」の建物で、建っている間はよかったのですが、再建はできない。そこで、建築士など専門家は集合住宅化を進める。つまり一円の土地を供出していただき、高層の建物を建てて、従来の持ち分に応じて上の建物を取得して入る。この方法で、税金が出るという問題がたくさんあったわけです。
 そこで、ボランティア団体や住民から依頼を受け、国税局と折衝にしました。この問題については国税局も大変理解を示してくれ、税金が出ないように、既存の特例を弾力的に適用するという取り扱いを協議して、無事にすませた。被災者には1円の金もないのです。例えば20戸のうち1軒に税金が出ると、その方は「再建はノー」となり、20軒全部が再建不可能となるのです。税金は1円も払えない。国税はもちろん、不動産取得税も登録免許税も、出たら再建計画はストップしてしまう状況でした。
 登記関係では、不動産取得税などで、建物の手配は全部終わったという処置はされている。ところが、土地を動かすという想定が立法当局になかった。土地を動かさないと再建ができないというのが現場の状況で、土地を動かす。そうすると、不動産取得税がかかるので合意できないと。土地に対する税制が欠落したことが問題だったわけです。この問題についても、不動産取得税関係では神戸市が非常に弾力的に、これまで1回もなかったような取り扱いをしたので、無事にすみました。
 また、大規模なマンションが被災すると、その土地・建物をいったんデベロッパーや不動産業者名義とする。つまり、工事費の担保ということです。いったん権利給付をして建築主に売り戻すという手法が再建にあたってとられます。通常、我々の税務では譲渡になりますが、譲渡と見ないという取り扱いを明確にして、だいぶ助かりました。
 ただ、そういう事態があらかじめわからず、個別事例でどんどんと出てくると、一税理士では対応できないわけです。ですから、下手をして課税になってしまったケースもあると思います。神戸支部の相談窓口や支援コーナーで、そういう情報も紹介する。刻々と税務事例が移り変わっていくわけで、その情報を間断なく支部会員に伝えなくてはならない。情報提供が非常に重要な税理士会の役割となり、神戸支部はそれを一生懸命やってきたわけです。
 最後に、震災税務は被災地の中で、刻々と変わる税務を体験しながら、情報を発信しなければならない。被災地としては、会として情報をもっと集約して広く出してほしいと絶えず望むわけです。その辺が会として税理士を支援していくうえで、非常に難しいところではないかと思います。
 きわめて不十分ですが、この辺で終わります。『激震』にだいぶ事例を挙げておりますので、ぜひとも皆さん、記録として残していただきたいと思います。


5.阪神・淡路まちづくり支援機構での活動

(境) それでは、私から5と6の概略をご報告します。5の「阪神・淡路まちづくり支援機構」を構成しているのは、各士業、つまり弁護士会、税理士会、司法書士会等6団体と、都市学会など学者の2団体を加えた8団体です。これは団体加入で、税理士会は、近畿税理士会が構成員として加入しております。各団体からはそれぞれ支援機構へ担当役員を派遣しており、税理士会からは5名です。その他この付属機関として研究会があり、ここにも1名派遣して、まちづくり提案等の論文を冊子にした本も出版しています。活動内容はレジュメ20ページにあります。
 先ほど佐藤先生からご報告もあったように、都市計画が確定しているところは別として、支援機構では白地地域での住宅再建等にあたっての支援をしました。このような各士業で構成された団体はおそらく初めてです。税問題には、我々5名と、個別相談員として20名くらいが協力しております。活動としては、各仮設やまちづくり協などに出張し、いろいろな相談にのってきました。


6.提言

 最後の「提言」ですが、「危機管理マニュアルの事前準備」とありますのは、自然災害を予知することはできませんが、災害の拡大は、事前の準備である程度は防げると思います。近畿会では、危機管理マニュアル要綱を発表し、現在、これに基づき、会としての組織づくりのために管理規程を準備中です。
 次に「財政上の処置」という問題ですが、近畿会の場合、多方面で支援活動を行い、それに支出された額は3000万をはるかに超えていたと思います。たまたま近畿会では、当時まだ事業年度中途だったので、会長の「今後は震災支援にすべての予算を注入しよう」という決断で、その後の事業の支出に充てる部分をほとんど投入しました。もちろん、全国各地から多額の義援金をいただいておりますが、これらは近畿会が支援活動をするにあたって使用されたものはなく、被災会員へ直接支給されております。したがって、常日ごろから、いつ起こるかわからない大災害に対して、会としては準備金を用意しておく必要があるのではないか。これが我々の体験からの提言です。
 「共済制度の確立」は、若干表現が適切でないとも思いますが、いわゆる相互扶助のできる制度が必要ではないか。例えば被災者が国に対して生活支援を要望したが、被災者に対する生活支援はされなかった。その後、これが法制化されたということがあるわけですが、我々税理士会でも相互扶助制度が必要ではないかということです。何かいい方法はないか。
 「災害税制の検討」については、いまだに災害に伴う財産的損失が発生している。震災後5年たっても、地層の変動・陥没のために、造成地などで3~4年後になって家が傾く。あるいは石垣が崩れるという問題も出ています。これも震災によるものですが、税の手当てはそこまでいっていない。こういった問題も、事前によく検討しておく必要があるということで、『激震』269ページに「災害税制の検討」を挙げております。
 近畿会の『震災・その轍』、神戸支部の『激震』はホームページに掲載しておりますのでご覧ください。もしも、東京で災害があればもっと違う事象が出ることも想定できます。それも考えながら、事前に災害時のことを検討しておく必要があります。
 最後に「専門家団体間の協議調整」ですが、私どもが体験したときには、対応については各士業の職域の範囲内でいろいろ検討したため、業際のところまで問題意識が出てこなかったということがあります。我々では気がつかないが、他の士業の方なら気がつくようなことが提言できなかった。
 例えば、商業登記の役員変更登記の件を例にあげると、株主総会等の開催時期が来たが、震災で開催できず、相当期限後に登記され、裁判所から登記過怠ということで罰金を科せられるという事例もありました。それで、私は法務省民事局へ電話もしましたが、「そんなことはどこからも要望してきていない」と、何の反応もありません。地方法務局に電話をすると、「それは皆さんから要望が出されたらよかったのではないか」と。最終的には罹災証明書を出すことにより、罰金を納付後に還付してもらったケースもあります。納税者の中には、証明書を出せば還付されることは知らず、納めたままで終わった人もいたと思います。専門家間での十分な調整や意見交換をしながら、制度要望をする必要があると思います。
 十分な話ができませんでしたが、資料中の詳細な記録をご覧いただいて参考にしていただければと存じます。


7.質疑応答

(司会) 少し質問を受けたいと思います。

(Q) 東京税理士会中野支部の長坂です。税理士が罹災した場合にも、超法規的に期限の延長などが認められたと聞き、その件で2つお聞きしたい。
 1つは、認められた税理士の条件・要件で、何を出したら認められたのか。もう1つは、顧問をしている法人等は罹災しておらず、税理士が罹災された場合も認められると。しかし顧問先が「それは困る。うちは期限どおりにやりたい」言った場合に、資料等が散乱してそれができない状況があったとき、顧問先との確執はなかったかどうか。その辺、あったら教えていただきたいと思います。

(境) 納税者が被災者の場合、取り扱いで当然、期限延長があった。納税者は被災していないが、税理士事務所が被災している場合も同様の扱いをしてほしいということは認められました。例えば、税理士の全壊なり半壊の証明書を提出し、交渉により事情を理解してもらったので、特別に手続上の問題はありませんでした。
 もう1点は納税者の方も、特に免許などの期限があってそうした要望があるかもしれません。しかし、我々の体験では、免許関係その他で届出する書類の期限もすべて延長されていますから、おそらくその問題は出なかったのではないか。税理士も日ごろから信頼関係で結びついていますから、そういう話をすれば十分理解いただけたと思います。
 例えば手形期日が被災日に来る。それらもすべて、手形交換所で延長されております。預金から引き落としの社会保険料なども全部延長されております。社会保険は確か1年くらいまでは、電算の関係で、振込しないと自動引き落としができなかったのです。したがって、先生が言われるような問題は起きていません。

(Q) まず被災では、それを共有しないと本当のことはできない。東京でどうやって神戸の被災を共有するかという意味で、この会合は大変よかったと思います。おそらく、神戸の地震が東京に起きたらどういう状況になるか、判断がつきません。ちょうど1月に震災が起きて、6月から私が東京会の会長に就任して、神戸に何回か調査団として行っていろいろご指導いただき、「危機管理マニュアル」を一応作りました。それを各支部に配布したのですが、それきりになっています。そこで、今日は各支部で1人ずつ選任した災害時の委員に来ていただいています。
 東京の場合は、住まいと事務所が離れているのがほとんどで、通勤時間が大体1時間以上が普通です。災害は自宅か事務所か、両方に起きるかわかりませんが、住まいと事務所が離れているときに、何に注意しなければならないか。被害の現場から発信しないと本当の問題はつかめないので、情報を発信するためにもう少し我々も研究して、神戸の災害に税理士が対応した経験を、何とか我々のものにして伝えていきたいと思います。住まいのことについて、感じたことがあればお願いします。

(境) ただいま平山会長がおしゃったことは、神戸でも都心部の事務所はそういう状況なのです。自宅が全壊で事務所はよかった、またその逆とか、事務所と自宅が兼用の場合は両方とも被災を受けたなどいろいろなケースがあります。結局、交通手段のライフラインがやられると、事務所に郊外から入っていけず、何時間も歩いてくるとか、自転車や単車で来るしかない。
 また、現在では殆どの事務所が電算化をしているので、データストックをどうするか。これが破壊されると、あとで困るわけです。全域がやられることはないので、データのストックは分散化が必要であろう。自宅と事務所、もしくは職員が離れたところであれば、そこにストックする。
 また、事務所がだめで自宅が大丈夫であれば、事務所が復旧するまでは自宅に事務所を移さざるをえないでしょう。近畿会では一時避難の処置をしました。それは、やはり会員は元の住所地に愛着があります。ですから、3年間は名簿に登録事務所に併せて仮事務所も掲載できるようにするという処置をしました。また、移転して長いものは、3年後には移転先に変更するという処置をしております。

(Q) 新宿支部の山中です。災害時の会員の安否確認に約1か月かかったということですが、その後の対策として、会員の緊急連絡網などはどのようにできていますか。

(境) 神戸支部の場合は、事務所を中心に電話連絡網をとっています。今回の震災の場合は、それでは不十分でした。そこで地域的な支部の垣根を外して、住所地での連絡網も考えなくてはいけないと思っております。今は機械化の時代で、簡単にそういう仕組みが組めます。現在、私どもは管理規程を制定すべく準備中でありますので、その後に連絡網の再整備を考えております。
 安否の確認・被災状況の確認では、どなたがどこに避難しているかわからないわけで、個別に探すのは大変です。神戸支部も被災者なので、本部に何とか協力をいただきたいということで、本部にも詰めていただきましたが、なかなか困難でした。
 そこで、今回の危機管理マニュアル要綱で我々が工夫したのは、まず被災者はそういう事態が起きたとき、対策本部に通報していただく。それによって、大半の人がどこに行っているかがほぼ埋まっていきます。その後連絡のない人達については、各支部の人たちが足を使って探そうと工夫したのが、通報制度です。会員名簿の末尾にハガキでも入れようと考えております。
 また一定の時期を経た段階で、被災会員から被災状況を各自報告してもらう。被災状況は刻々と変わってきますから、1次2次の状況を出していただき、さらに義援金の分配その他の資料としていく。これを危機管理マニュアル要綱の中で様式化しています。今後、規定の中にその様式集も入れて整備しようと思っています。

(Q) 本郷の北村です。亡くなられた方が4名、本人重症が2名ですね。これ以外にも、高齢や1人でやっていて業務廃止という方もいると思います。その後のそういう事業継承・事務所継承は、偽税理士問題とも絡むと思います。いろいろな事務所があって、その辺を税理士会でフォローするのは難しいと思います。こうした中で、そういう業務援助を含めた得意先をどうするかにつき、税理士会の方に要望等があったかどうかをお聞きしたいのですが。

(境) そういった件については、支部単位でやるのが一番よいのではないか。やはり日常お付き合いの深いのは支部です。例えば、けがをした云々で業務がしばらく大変だという方がいるなら、「会員がお手伝いしますから、いつでも言ってきてください。皆さんの業務の手伝いをします」と。神戸支部では窓口を作って、そういう情報を会員に流しました。亡くなられた方の業務をどうするかについては、それぞれの会員は友人・知人といった横の連絡をお持ちですから、その辺で解決なさるのではないか、また、税理士仲間で「彼に後の面倒を見てもらったらどうか」ということで、あとは、遺族の問題もありますし、その辺は、臨機応変に対応せざるをえないでしょう。
 偽税理士行為云々が横行したという情報はありません。ただ、例えば神戸の税理士の顧問先が京都にあるといった場合、京都の会員が「その人は震災でどうにもならないから、私がみましょう」と勧誘をする人が出てはならないとの配慮のもとに、会長名で全会員に対して被災地の税理士の関与先の勧誘はしないよう注意文書を発送しております。

(司会) まだ質問があるかと思いますが、時間が来ましたので、以上で閉会します。本日は長時間、まことにありがとうございました。
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2000.02.10(Thu)21:37 | 4 東京シンポジウム
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