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全国まちづくり専門家フォーラム

開 会
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○戎正晴
 ただいまより、「全国まちづくり専門家フォーラム」を開催させていただきます。
 本日、司会を担当しますのは、阪神・淡路まちづくり支援機構事務局委員で兵庫県弁護士会所属の戎正晴でございます。よろしくお願いいたします。(拍手)
 本日は大変お疲れさまでございました。また、このフォーラム開催にあたりご協力をいただきました関係者の方々には、改めてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
 さて、今日であの震災から9年が経ちました。そこで開会に先立ちまして、皆様にご協力をいただき、全員で亡くなられた方々に1分間の黙祷を捧げたいと思います。皆様、恐縮でございますけれども、ご起立をお願いいたします。
 -黙 祷-
 ありがとうございました。
 それでは、まず主催者を代表いたしまして、阪神・淡路まちづくり支援機構の初代事務局長であり、兵庫県弁護士会に所属する森川委員より、皆様方にご挨拶を申し上げます。

開会挨拶
○森川憲二
ただいまご紹介いただきました、阪神・淡路まちづくり支援機構初代事務局長をさせていただいた森川です。
本来は代表委員の北山六郎と広原盛明がご挨拶をさせていただくところでございますけれども、私が代わりにご挨拶させていただきます。
本日は、宮城、東京、静岡、全国から各専門家職能諸団体の方々、あるいは行政の方々、NPO関係者の方々に多数お集まりいただきましてどうもありがとうございます。
本日のプランの中で、できるだけ私達の被災体験を全国からご参加される方々に多く知っていただこうということから、かなり時間的には無理しているところがありますし、皆様には大変であったかと思いますが、その点はどうぞよろしくお願いいたします。
今日、人と防災未来センターに、この席にご出席の多くの方々も行かれたと思います。特に地震の起こったその瞬間の各地の映像というのは、私達も実際に触れていませんから、改めてショックを受けるものでしたが、これが阪神・淡路で現実におこったことでありました。被災地の中でもいろいろな条件の違いから被害状況も種々でありましたが、このような大規模災害があり得るものとして、その原因と対策の検討が必要であると思います。
次に、復興のプロセスの映像の中に「人間ってすばらしい」という表現がありましたのが印象的でした。私自身、震災直後、不安の中でも無我夢中となって災害復旧と復興の課題に取組みました。またあのような状況が起こったら、同じように対応できるのだろうかという気持ちと、しかしいざとなったら何とかやれるものだという両面が、私の素直な気持ちであります。被災直後、各専門家職能団体において、個々の団体がそれぞれいろいろな被災者の相談に対応されました。避難所へ行って、そこで被災者の方々の相談を受けたり大変でしたが、そういう個々の団体の対応は、時間がたちますとそれだけではどうしても対処できないということが徐々にはっきりしてまいりました。震災の被害というのは、多量の問題が一挙にかつ複雑な種々の分野の問題が複合的にからんで発生しますから、個々の専門家の団体や個人だけではどうしても対応できない、専門家の間で協力しあって、住民本位で対応しなければならないという特徴があります。各専門家団体が相互に協力し合って、災害復興の支援をしなければならないということで、私達は、阪神・淡路まちづくり支援機構を立ち上げたのであります。
 それと専門家にとどまらず、これは行政と市民との連携が基本となります。今、全国の皆さん方にぜひお伝えしたいことは、第1に大規模災害が発生しましたら、できる限りその被害を少なくするという、基本的な一面があります。それを基本に予め減災ということを重視しなければならないということです。更に第2に、現実に発生した場合の救済は速やかにされる必要があります。私達の場合、震災への事前の備えも全くなく、それまでに全くこのような専門家団体の協力とか、行政、市民の方々との連携というような活動がありませんでしたので、支援機構の必要性は意識しながらも、その立ち上げには1年8ヶ月という長い時間を費やしてしまいました。
 そういう意味で、今後、災害が発生した場合、いざとなったらすぐに動き出せるような連携が必要ですし、それを実現できるネットワークを予め備えておく必要があると思います。
 今日お集まりのみなさんとの連携で何とかしようと、そういったきっかけを、ぜひともこれから各地で進めていただきたいと思っております。私達も皆さんの今後の活動にぜひとも協力させていただいて、そういう過程で、全国的な災害支援のネットワークをもって活動を進めていただきたいと思っております。どうか、ご協力をお願いいたします。
 ありがとうございました。(拍手)

殿山地区事例紹介
○戎正晴
 ありがとうございました。
 さて、本フォーラムでは、後ほど地域ごとの連携のあり方などを議論していただくわけでございますが、まず、その前に、専門職能の協働作業、協働というものがどのようなものであるかということをイメージしていただくために、あらためて我々の復興事例の1つをご紹介申し上げたいと思います。
 ご紹介いたしますのは、西宮市内での広範囲な地盤の移動、地域における土地境界の境界線、そういった事業への支援事例でございます。
 紹介を担当させていただきますのは、阪神・淡路まちづくり支援機構の事務局委員であり、兵庫県土地家屋調査士会所属の植田豊と、同じく運営委員であり、社団法人日本建築家協会近畿支部所属の野崎隆一でございます。前方のスクリーンを見ながらお聞きください。
 では、お2人、お願いいたします。

○植田豊
 ご紹介いただきました兵庫県土地家屋調査士会の植田と申します。
 本日は全国各地から各専門家団体の代表の方々にご出席いただきありがとうございます。
 本日のフォーラムは阪神・淡路大震災の後、専門家の立場から支援・助言ができた支援活動の経験を全国の専門家団体、また行政の皆様に発信して今後の組織作りに役立たせて頂くという趣旨で開催されたと思います。そう考えますと私の役目も大役でございます。 皆様によりよく理解していただくようにご紹介できればと思います。    
 先程は人と防災未来センターで震災の映像などを見られたと思いますが、あらためて都市型地震の阪神・淡路大震災がどのような被害をもたらしたかを見ていただき、そのあとで事例紹介をさせていただきます。
 私は事務所も住居も西宮です。激震地からは離れており建物の全壊といった大きな被害はなかったのですが、あの時はドーンという突き上げられるような振動で目を覚まし、それからは立っていられないほどの横揺れで家中のものが吹っ飛び、夜明け前でしたので暗闇の中で耳をふさぎたくなるようなすさまじい物が壊れるような音が続き、心の中で早く終わってくれ、家が壊れると祈っていたように思います。本当に悪夢のような大変長く感じた数十秒間でした。
 この地震は淡路島北端を震源地として、神戸、芦屋、西宮、宝塚の広範囲にわたり震度7という激震が襲い一瞬にしてライフラインや交通網を壊滅させ、多くの犠牲者を出しました。また家屋等の倒壊数は20万戸を超え、関東大震災以来最悪の事態となりました。
 この写真(  ページ)は淡路島の北淡地区ですが、この地区では地震によって地面のずれが生じ、野島断層と呼ばれる断層が鮮明に現れた地区です。この全体の写真の方を見て頂いたらよく分かりますが、このように1メートルぐらい隆起した断層が家屋を縦断しています。現在は貴重な資料として野島断層記念館として現地がそのまま残されています。
 また建物の倒壊は先ほども申しましたように、全半壊を含めますと20万戸を超える被害がありました。この写真(  ページ)は神戸の中心地にある生田神社が倒壊したところです。また下の写真は神戸市役所2号館の5階が押し潰された写真です。このようにかなり頑丈な建物も一瞬にして壊れ改めて地震の規模が伺えます。
 また震災の被害を拡大した原因として火災があります。
 この写真(  ページ)は震災直後に神戸市内で発生した火災を海の方から撮影したもので、今日現地視察した湊川もこの辺りです。そして火災も1箇所ではなく、10箇所近くから火の手が上がりまた道路も切断され消火活動も大変だったことが伺えます。
 また阪神間の海側には埋立地が多く、地震で揺すられる事により水分を多く含んだ地層が軟らかくなる現象、液状化現象が大変多く見られました。
 この写真(  ページ)は神戸の海側に約30年前に埋め立てられたポートアイランドという人工の島ですが、ここでは液状化で噴出した砂で前が霞んで見えなくなる。また、その砂が10センチぐらい溜まるというような被害がありました。またそれ以上に恐ろしいのが地面が軟らかくなる事で建物が傾いたり地面が浮いたり、沈下したりする被害をもたらしました。この現象は海側の広い範囲でありました。
 またなんといっても交通網に大きな被害があったのも、都市型地震の特徴でした。
 特に道路では阪神高速神戸線の倒壊はショックでした。倒壊はなんと600メートルにも及ぶもので、撤去だけで数ヶ月かかり、その下を通っている国道43号線も通行止となって、大阪・神戸間の2本ある幹線道路のうち1本を失い、復旧作業などに大きな影響を与えました。(  ページ)
 また鉄道はというと、大阪・神戸間はJRが1本と私鉄が2本走っていましたが、途中ですべて遮断され、鉄道の全面開通には1年以上かかり都市機能を麻痺させました。
 この写真(  ページ)は阪急電車の大阪・神戸間のちょうど中間にある夙川というところで、高架の線路が道路側に倒れた写真です。これは、この後でご紹介する土地の現況移動があったところです。
 またこの写真(  ページ)は神戸の中突提というフェリー乗り場があるところですが、海上の交通機関もこのような状況ですので船の接岸もできず、海路の通行にも大変な被害を受けました。
 このような中で私達土地家屋調査士の仕事はどうだったかといいますと、震災から1ヶ月ぐらい経つと復旧から復興へと移り変わっていき、道路をつくるにしても、建物を建てるにしても私達の業務である境界に関係する仕事が大変忙しくなってきていました。ただ震災によって道路が曲がったり、構造物が壊れたりした所がほとんどで、境界の復元などは通常の復元と異なり大変難しく手間取っていました。この写真(  ページ)は元々まっすぐな道路だったのですが、このように折れ曲がってどこが元の境界なのか分からず大変判断が難しかったものです。
 また、その様な事も業務がはかどらなかったひとつでしたが、先程も申しましたとおり、交通機関が遮断され、2本ある国道の1本は緊急車両しか通行できず、私達が業務に行くにしても、通常30分で行くところが2時間ぐらいかかってしまったのも業務が手間取った原因のひとつでした。
 また仕事の傍ら、被災地または近隣の土地家屋調査士、司法書士による特設登記相談所を法務局に設け、平成7年だけで1万件もの相談を受けてお役に立てたことは、登記に関係する専門家として大変うれしく思っています。
 この相談も当初は建物の滅失登記が非常に多く、これについては後に国の費用で職権滅失という手続きが行われ、10万戸の建物の滅失が行われたという記録が残っています。
 このような相談業務等の復興支援を各専門家団体も同じように行っていましたが、どうしても個人でなく被災地域として支援する上では一つ一つの専門家職能では限界があり、各種団体の協力が不可欠であった状況でした。その為に平成8年9月に各種専門家団体の横断的組織「阪神・淡路まちづくり支援機構」が設立され、被災者支援にあたりました。
具体的な活動として、1つには被災マンションの再建・復興に対する支援がありました。被災の分譲マンションをめぐって、法律そのものに内在する問題や、再建方針をめぐる合意形成の問題が多数のマンションで噴出しました。そこで、建築士がマンションの被災程度を診断し、不動産鑑定士が法律適用上の鑑定作業を行い、弁護士が再建組合等における合意形成の手順を説明し、土地家屋調査士、司法書士が再建後のマンションの登記事務等を支援しました。
また、倒壊市場の共同再建の支援を行いました。この写真(  ページ)は直接支援に関わった所ではないのですが、左側の写真が火災で焼失して2月ごろに撮影されたもので、右側が撤去されたあとです。このように倒壊した市場において、店舗兼住宅の共同建物を再建する為に、建築士が再建全体をコーディネートし、弁護士司法書士らが複雑な権利関係を整理し、税理士が権利調整に伴う会計処理を行いました。
また、土地の合筆、交換等を伴う共同建替え支援を行いました。小規模な建替え事例ですが、個人で行う建替えではなく、共同で建替え事業を行う際に土地の合筆、交換を必要とするような場合、土地家屋調査士、建築士、弁護士、税理士などが支援をしました。
 また湊川地区のように、組合施行の土地区画整理事業の支援も行いました。
 特に、市街地では住民の合意形成が困難なため、組合が施工者となった区画整理は先例がありません。また小規模密集住宅地なので、建築基準法の改正により建物の再建ができなくなったことから、住民が土地を提供しあって敷地を合筆、マンションを建築しました。これには弁護士が法律全般を担当し、税理士が税務全般を担当しました。
主にこのような支援活動を行ってきましたが、ここで私がたずさわった西宮市の広域な地盤移動地区の境界再確定の支援をご紹介します。
 この事例は震災から1年が経ち、やっと通常の生活をしている住民に2次災害として発生した土地の現況移動に伴う境界問題でした。
 左側の写真(  ページ)は震災から100日目に家屋被災状況を調査するために写された航空写真で、赤枠で囲まれたのが当該地です。
 この写真で見ていただきたいのは、青くなっているところは家屋が半壊か全壊で青いシートをかけている所です。また茶色のところは全壊家屋を撤去して空き地になったところです
 赤枠の周囲は青いシートとか空き地が多いのですが、赤枠で囲んだ当該地区はほとんど家屋の半壊全壊がなく、家屋の被害が少ないことが分かります。
 また右側の写真は支援機構が着手してすぐの写真です。この写真でも分かるように、家屋・道路には震災の被害がほとんどありません。
 このような現状の中で、震災から1年が経った平成8年1月に、西宮市が道路の復旧作業のため道路境界線の復元を行ったところ、震災前の現況の位置と大きい所で50センチのずれが確認されたというものです。
 西宮市の道路境界線の復元の根拠は市の道路台帳等によるもので、この図面を元に周囲の道路と比較したところ、この地区ではこのような赤線の位置が道路境界線になるということで、今後はこの境界線に合わせて皆さんの構造物を設置して欲しいという説明でした。
 最初は住民も何を言っているのか分からなかったのですが、何回かの現地等での説明を受けそれがどのような意味のものなのかが分かってきて、そんな事をしたら境界の紛争が起こり、家の建替えや不動産の売買もままならない状態になると反論をして市に要望書を提出しました。ただ、西宮市では他にもこのような地区が何ヶ所かあり、市としては主張を変えるわけにはいかないという説明がありました。
 このままでは市の主張どうりになりかねないと困っていたとき、司法書士会と土地家屋調査士会の開催による震災問題の相談会に自冶会の役員が出席し、今日も出席されておられます兵庫県司法書士会の吉田前会長からこの阪神・淡路まちづくり支援機構の立ち上げを聞きました。
 早速住民集会で支援機構への要請を諮り、支援を要請することになりました。支援機構では内容を吟味して検討した結果、当然支援が必要であるということで、司法書士・建築士(コンサルタント)・土地家屋調査士の3名が初会合に出席することになりました。
 その中で、この問題は境界問題ということで私、土地家屋調査士が資料・現況を調査して今後の進め方について考えるということになり、早速調査に取りかかりました。 
 調査していく中で分かってきたのは、この地域は昭和58年に造成してできた分譲地で、以前は一部が溜池だったという事でした。
 そして、境界の確定資料として法務局に地積測量図、西宮市に道路台帳が備え付けられている事が分かり、今後どのような事が考えられるのか考察しました。
まず、現況の構造物等は破損していないかを調査しました。この写真でも説明しましたように現地は池を埋め立てたところですが、埋め立てる際に凝固材等によって十分な整地がなされ、また家屋については地中に支柱を数本も打たれているところが何件かあり、被害が少なかったと思われます。
宅地内の構造物は、北から南にほとんど平行に移動しているため、大きい面積の増減宅地も数件で収まる結果でした。
もし市の主張通りにした場合どんな問題が発生するかと考えますと、第1に、構造物の設置費用等の住民負担といった経済的な負担。第2に、道路工事は一度ではできないので、出たり入ったりしたでこぼこの道路になってしまい、道路としての機能を果たさないものになる。第3に、これは専門的になりますが、境界に関する資料から分析すると、道路境界点を市の主張どうり現況の構造物と違う所とし、その隣接地の土地の測量をした場合、地積測量図に寸法が出ているのでその道路境界点を基準に地積測量図を復元します。そうすると現状の構造物と違う所に境界点がくることになり、境界紛争の引き金になりかねません。実際、私達がたずさわる前にこのような問題があり、最後まで解決するのに、当事者に紛争解決のための時間と費用がかかったということがあります。このような事を考慮しても、道路境界線を現況の位置で認めてもらうということが一番の合理的な解決策と支援機構で判断をし、住民とともに西宮市へ要望書を提出しました。
その後も支援機構が何度か市と調整をして、やっと条件付きながら現況構造物での官民境界を認めるという回答を頂き、それから約1年経った平成10年1月に官民境界については全てが完了しました。
官民境界は現況構造物を生かした道路境界線で解決をしたのですが、ただ、この現況構造物を官民境界として認めた解決策には、民民境界の問題を解決する前提があり、勿論その問題を解決しない限りはこの地区の境界問題は終わりません。
 そのため、今後やらなければならない事は、民民境界線を確定し、それに伴う面積の増減に対する公平な清算という一番の問題が残りました。
 ここからが私達支援機構の専門家集団の力が発揮されたわけで、その進め方としては境界問題協議会を設立し、清算方法などに区画整理の手法を取り入れ、地域住民が中心となって行っていきました。
その内容を簡単に説明しますと、弁護士は良好なまちづくりに資することを目的とした協議会規約の作成をしました。土地家屋調査士は全体を測量して公簿、地積測量図と現況との比較、そして公平な解決方法の考察を行っていきました。また司法書士は地区内の権利関係の調査、所有権移転登記に関わり、そして税理士は一番苦労をした清算単価の決定を行いました。これは着手から2年も経ちますと、土地を売りたい方、また買って来られた方いろいろに条件が違い、大変難しかったです。それと、それに伴う税務上の諸問題について検討していただきました。
また10を超える会合をする中ではいろいろな意見が出ます。その取りまとめを今日もこの後でお話いただく野崎先生に建築士(コンサルタント)の立場から調整をしていただきました。その事によって協議会のスムーズな運営が図られたと思います。
 このように、各専門家が役割分担し、将来に亘って問題の起こらない形での解決策をとっていき、設立から約1年経った平成11年3月に全部の境界問題を解決して境界問題協議会を解散することができました。
 業務が完了してから住民の方からお礼の言葉を頂いていますので、かいつまんでご紹介します。
西宮市役所と官民の土地境界問題を交渉するにしても、法律、行政の壁は厚く、まるで山の様で、正に「愚公山移」という故事の通りでした。民民の土地境界問題にしても、近隣同士、お互いの利害や考え方の違い、人間関係等、さまざまな問題があります。ただ私達が、この様な問題を正視せず、始めから「こんな事はできるはずがない」とか、「こんな面倒な事は国に任せておけばいつか何とかしてくれるだろう」といった風に躊躇し困難な問題を看過すれば、この地区の将来はどうなったでしょうか。
私達は、この問題を真っ向から受け止め、「先送りする事なく自分達の手で解決しよう。なんとしても後世に負の遺産は遺さない。震災が風化しない内に、震災の被体験者達の健在な内に、この難問題の解決をしなければならない」と住民は立上がったのです。
幸い、「阪神・淡路まちづくり支援機構」のご支援を受けられることが決まり、それぞれの専門家の方々を派遣して頂き、ご指導を受けながら作業を進める事ができました。このような問題は私達のみならず、阪神・淡路大震災の全ての被災者が直面する土地境界問題の紛争を未然に防ぎ、救済の道を開く事になりました。今後は、この街の「平和で明るく住みよい街づくり」を目指して頑張っていきます。永い間のご指導、ご協力、ありがとうございました。
このようなお礼の言葉をいただきました。このように、この地区では専門知識を出し合い支援ができた訳です。
震災後、大変苦労をして復興生活を送っている中で、境界の考え方の違いからまた1つの災害が生まれようとした時、被災者とひとつになって行った支援活動によって平和で明るいまちづくりの一役を担えたことは、私達の誇りであります。今後は、『平時からの組織作り、有事の時に被災者の復興支援』ができるような復興支援体制のますますの充実が、私達専門家職能に求められていると思います。
 以上紹介とさせていただきます。ありがとうございました。

○戎正晴
 植田さん、ありがとうございました。
 先ほど総合アドバイザーという形で名前が出ていました野崎さんにも一言だけ、そのご経験をお話いただきます。

○野崎隆一
 ただいまご紹介いただきました野崎です。
 このプロジェクトでは、総合アドバイザーという大層な名前がついますが、私、建築をやってまして、まちづくりをやってましたんで、これは土地境界問題ではあるけれども、まちづくりとしてとらえるべきだという観点から皆さんとお話をしてやらせていただきました。結果としては、本来の内容はほとんど区画整理の事業と変わりません。もしこれを区画整理でやれば、数10億のコストがかかる事業ですね。それを数名の専門家が知恵を出し合うことで、わずかなコストで問題が解決できたということですから、非常に典型的な事例ではないかと思います。
 この事例で我々が教訓として思いましたのは、それぞれの専門家が自分の専門のことだけをやるんではなくて、集まって連携することです。例えば弁護士が、土地家屋調査士がどういう問題を抱えているのか、どこに問題があるのかというお互いの領域を理解し合うことで、それを協議会の規約に生かしていくとか、それから、清算のお金の問題にしましても、それぞれの専門領域の中で出てくる課題をみんなで共有することで、少しずつ職域をはみ出すというんですかね、そういうことができたので、このような事業ができたのではないかというふうに思っております。
以上、補足というか、お話をさせていただきました。ありがとうございました。

グループ別フォーラム
○戎正晴
 野崎さん、ありがとうございました。
 それでは、ただいまよりグループ別フォーラムに移りたいと思います。
 本フォーラムでは、参加者の皆様方に主体的にご発言をしていただこうという趣旨で、地域ごとのグループに分かれてのワークショップ方式による討論を行っていただくことにしました。お食事も用意させていただいておりますので、食べながらという大変落ち着きのないといいますか、慌ただしい討論になるんではないかと思いますけれども、どうかご活発なご議論をお願いいたします。特に、宮城、東京、静岡のテーブルの皆様方におかれましては、各地域の特性に応じた専門職の同士、あるいは行政・市民団体等との連携のあり方とか、平時、災害発生時それぞれどのような支援が考えられるか、さらにその地域でのさらなる広域的な連携の進め方など、そういったことが討論のポイントになろうかと思いますが、よろしくお願いいたします。
 後ほど各テーブルで討論の結果報告を担当していただく方と、見学会も含めました今回のフォーラムの全般への感想をいただく方をあらかじめご指名させていただいております。後ほどご発表いただきますので、よろしくお願いいたします。
 なお、各テーブルには阪神・淡路まちづくり支援機構のメンバーがおります。阪神・淡路大震災の際はどうだったかというようなことについて、お気軽にご質問等をしていただければと思います。
また、神戸のテーブルは経験者としてほかのテーブルの議論等を踏まえた議論をお願いします。
大変時間が短くて恐縮ですが、ただいまより6時40分過ぎぐらいまでに討論をお詰めいただきまして、おまとめをいただきますようにお願い申し上げます。
以上でございます。

-グループ別フォーラム-

○戎正晴
 それでは、議論の結果をおまとめいただいて、ご発表いただきたいと思います。
 早速ですが、まず、Aのテーブル、宮城地区から、ただいまどのような討論がなされたかをご報告いただきたいと思います。恐縮ですけれども、各テーブル5分程度で発表していただきますようにお願いいたします。
ご発表いただくのは、仙台弁護士会の山谷先生です。よろしくお願いいたします。

○山谷澄雄
 宮城県から参りました、仙台弁護士会の山谷です。
 今日こういう会合に参加させてもらいましたのは、正直申しますと、我々の勉強のためというのが第一義的なものでした。その上では大変勉強になりました。ありがとうございます。
 ご承知のとおり昨年5月と7月に宮城県で地震がありました。それで、8月に阪神・淡路まちづくり支援機構の永井先生を始め役員の方がおいでになりまして、それでこういう催し物があるということを承知した次第です。
ただ、去年の地震に対しまして、仙台弁護士会がその典型なんですけども、特に対応はしませんでしたし、できませんでした。それが一番大きい反省点だと思います。それで、議論の整理の仕方としては、いろんな業種の団体がありますけれども、まず震災が起きたときに、会の中でどのような対応ができるのかというのが1つのテーマ。それから、地元の異業種の団体の中での連携がどうできるのかというのが次のテーマ。それから全国レベル、あるいは、例えば東北地方だったら東北地方のそのブロックの中での連携をどのようにできるかというのが3つ目のテーマ。それから4つ目としては、地方自治体等の連携がどのように可能かというのが問題だろうと思います。ただ、いずれにしましても問題の検討等は始まったばかりですので、それについてはこれからの課題かなと思っております。
それから、先ほどここのテーブルで話題になりましたのは、特に昨年の宮城県北部地震の場合には、仙台市はほとんど地震の被害はありませんでした。しかし、特に宮城県北部の農村地帯では、大きな被害がありました。その意味では、我々がいる地域以外の同じ県の中で地震があった場合の対応というのが1つですし、都市部と農村部でも相談の内容等については、やはり違いがあるのではないかという指摘がありました。
それからもう1つ、次に指摘がありましたのは、これから宮城県では異業種の連携を図っていくことになりますけれども、例えば今日おいでにならなかった専門家の方にもお声がけして集まってもらった方がいいんじゃないかという話がありました。土地再開発整理コーディネーターの方、それから、マンション管理士の方、そのほかいろんな専門家の先生方がいらっしゃると思いますのでお声がけして、なるべくいろんな意味で総合的に対応できるような体制をつくった方がいいんじゃないかという、そういう結論になりました。
それからもう1つ、初歩的なことなんですけれども、宮城県で言えることなんですが、いろんな業界、団体があるんですが、不思議なことにお互いの顔と名前が一致しないのが現状なんですね。ですから、宮城県はこれから震災の対策について検討していかないといけませんけれども、まずお互いの業界の情報を交換して理解を深めると。そこから少しずつ組織作りなり、活動を進めていくということで理解が一致しております。
それから最後ですけれども、仙台弁護士会は去年の12月に受け皿の委員会をつくったんですけれども、その中で地元、例えば仙台が地震に遭ったら仙台弁護士会はどうするんだという、そういう質問がありました。当然、仙台弁護士会は動けませんので、例えば日弁連の対応をお願いする、あるいは東北各地の単位会の応援をお願いするという形で、仙台以外との連携も必要だということで指摘を受けました。それはこれからの課題だと思います。
それからもう1つ、我々専門家には何ができるんだという質問がありました。1つは地震があれば食べること、住むことが中心になって、なかなか相談には行けないんじゃないかという指摘がありました。ライフラインなどは行政の自治体の方にお任せするしかないんですけれども、できるところからしていくという体制をとっていくというのが現在の一致点ではないかなと思っております。
大体以上です。ありがとうございました。(拍手)

○戎正晴
 ありがとうございました。
 続きましてBのテーブル、東京地区からは第二東京弁護士会の中野先生からご発表いただきます。よろしくお願いいたします。

○中野明安
 第二東京弁護士会の弁護士の中野と申します。
 今日、このような貴重な会を催していただきました阪神・淡路まちづくり支援機構の皆さん、本当にありがとうございました。そして他の地区、遠いところから皆さんこのような機会にお集まりいただき、そして私がご挨拶させていただくことができまして、本当に嬉しく思っております。ありがとうございました。
 それでは、東京のテーブルでの話し合いの結果をご報告させていただきますが、本日東京からは、東京都の総務局総合防災部防災管理課と、それから防災・建築まちづくりセンターの方もいらっしゃっておりまして、その意味では専門職能団体と、それから行政の皆さんとも一緒に話をすることができる貴重な席となったことを、まずご報告させていただきます。
その上で、既に皆さんの方にもお配りをしていただいてます東京都震災復興マニュアルの復興プロセス編というものをご紹介いただきまして、これは東京都に震災が起こった時、その後の復興についての方法、その方針、イメージ、そういうものをまとめいただいてるものなんですけれども、この中で、まちづくり支援機構のような専門家職能団体もある種想定しておつくりいただいているというふうなお話を伺いました。そういう中で、行政としても東京都でまちづくり支援をする団体があれば、そういうものが立ち上がることを期待しているということであります。
それから、防災・建築まちづくりセンターでも、普段からいろいろなそういう方面のコーディネートを行うという団体であるというご紹介をいただきましたけれども、災害時の復興支援という意味では、やはり支援機構的な団体が存在することが望ましいというご意見をいただいたように記憶しております。そのような中で、各種専門職能団体、今日は弁護士会と、それから司法書士会、税理士会、土地家屋調査士会、不動産鑑定士協会が参っておりますが、その団体はいずれも基本的に他の専門職能団体との連携によって、このような復興まちづくり支援をすることに対しては前向きであるというご意見をいただいております。
そういう意見をいただいておりますが、2000年の2月に東京の市ヶ谷で阪神・淡路まちづくり支援機構の方でシンポジウムを開いた際、そこで出された東京宣言、平時からのまちづくり支援体制づくり、これを積極的に行うべきであるという、その東京宣言に見合うような活動が、残念ながらまだ積極的に進められているという状況ではないということでございました。そこで、今日のこの専門家フォーラムをぜひ良い機会として、今後、今日まずここに集まっている者が近々もう1度顔を合わせようじゃないかと。それで今後の体制はどうしていったらいいか、どのような方向でいけばスムーズに進むことができるだろうかをまず協議しようじゃないかということになりました。
東京には10の士業団体が集まって専門相談、よろず相談を行っているという実績があります。そのような大きな母体がありますので、その母体をまず活用して、なめらかな滑り出しをぜひ実現していきたいなというふうに思っております。
そのような話し合いがここでなされました。以上です。

○戎正晴
 中野先生、ありがとうございました。大変力強いお言葉だったというふうに思います。
 それでは続きましてCのテーブル、静岡地区です。ご発表をいただきますのは、静岡県弁護士会の鈴木先生です。よろしくお願いいたします。

○鈴木孝裕
 静岡県弁護士会の鈴木でございます。
 静岡からも大変大勢の先生方が出席されておりますので、必ずしも意見集約できませんで発表になるかどうかわかりませんけれども、一応私の方からお話したいと思います。
 とにかく予想される東海地震のお膝元ですし、今日なんかもう富士山の噴火まで噂されるというか、報道されるような状況です。ただ、東海地震はだんだん南の方にも広がっているようで、東南海地震みたいな形で報道されておるわけですけれども。
 実は静岡県では、昨年の8月30日に東海地震対策士業連絡協議会というのを立ち上げました。立ち上げて会則をつくって、各士業ごとに緊急連絡網、弁護士会の場合は強制ではございませんけれども、自宅や携帯電話まで全部書かせて、そういう形で緊急連絡網をつくって士業が持ち寄ると、そういうところまでは進めておるわけでございます。ただ、具体的な内容、あるいはどういうことをやっていくかということはこれからだと思います。行政として静岡県の方もオブザーバーとして参加していただいています。
 さて、今日のこのテーブルでのお話の中では、我々士業の中でも地震というものは、物理的破壊に対しては予防という意味ではなかなか関与することができない。建築士さんは建物についてのそういうことはある程度のことはできるんだろうと。そうしますと、我々ほかの士業は、やはり2次的な災害である人災、特に紛争ということですね、そういったものに対しては平時においても、ある程度シュミレーションをして対応を検討していくことができるではないだろうかと、そのような意見が寄せられました。
 それから、これは非常に具体的すぎて、私もそういうのが弁護士の先生から出てくるとは思ってなかったんですけれども、静岡県というのは、非常に東西に長い県でございます。しかも大きな河川が3つほどあります。特に清水というところの東に富士蒲原地区というところがございますが、そこは海岸にまで山がきてまして、東海道の大動脈である東海道本線新幹線、それから国道1号線、それから東名高速道路とすべてが通っています。あるいは西の方には太田川という河川があるんですが、その辺は過去の地震でも大変な被害があった地域でございます。こういう地域に大きな地震がきて壊滅的な打撃を受け、静岡県が東西に分断されるというようなことになりますと、物資の輸送のみならず人的な移動も非常に困難になると、そういったことも想定しなければいけないんじゃないだろうかという意見が出ました。具体的には先ほど紹介しました連絡協議会で、それこそ行政に対して、例えば第二東名の早期完成まで要請する必要があるんじゃないかというような具体的な意見まで出ました。
 それから、私ども静岡県弁護士会は、弁護士会としては関東弁護士連合会に所属しておるわけですけれども、先ほど宮城の方からもちょっとお話がありましたが、横断的な業務を超えた支援という形で、緊急時の派遣弁護士の登録を昨年募集しました。静岡県の場合、他県へ応援に行くよりも、他県から応援に来てもらうんじゃないかなというようなお話も出ましたけれども、一応そういう登録もしております。
 いずれにしましても、東海地震対策士業連絡協議会も立ち上げたばかりですので、今日のフォーラムの結果等を持ち帰りまして、これが実働できるように検討を進めてまいりたいと思います。
東海地震が来るぞ、来るぞと言われはじめて30年ほどたっております。逆に地元にいる我々の方が、そういう意味ではちょっと気持ちが緩んできているんじゃないかと思います。ここでまた自己認識、自己改革を新たにしまして、いざ鎌倉というときに即応できるような体制づくりをしていく必要があるのではないかと、私としてはそう思いました。以上であります。(拍手)

○戎正晴
 鈴木先生、ありがとうございました。
 静岡地区のテーブルは、実は討論を2つに分けておられまして、2つのご意見があろうかと思いますが、後ほど感想のところでもう1つのテーブルにはご意見等もまとめてご発表いただきますので、よろしくお願いいたします。
 また、DとEのテーブル、阪神・淡路まちづくり支援機構のメンバーのテーブルは、ただいまの3つのテーブルのご意見等を踏まえまして、後ほど感想のところでご発表いただきますようにお願いします。
 それではこのフォーラム、実は懇親会とフォーラムを同時に進行するというかなりの強行軍になっておりまして、大変ご迷惑をおかけしておりますけれども、ただいまよりレセプションに入りたいと思います。
皆様方のお手元にもご紹介の資料が入っておりますけれども、神戸市民交響楽団カルテットの四重奏団の演奏をお聞きいただきたいと思います。演奏していただきますのは、第1ヴァイオリンが峰松博さん、第2ヴァイオリンが徳田俊男さん、ヴィオラが塩野寿人さん、チェロが森俊男さんです。神戸のアマチュアオーケストラのメンバーからなるカルテットでございまして、神戸市民交響楽団、別名「義理と人情のオーケストラ」などと言われております。
それでは、演奏をしばしの間お楽しみください。よろしくお願いいたします。

○塩野寿人
 皆様こんばんは。神戸市民交響楽団です。全国から遠いところ、神戸にようこそいらっしゃいました。
 今日はちょうど震災から9年目という1月17日、我々にとっては忘れられない日です。そして、皆様のお手元の資料に書いてあるかと思いますけれども、犠牲者の中に我々の120名ほどいました仲間のうちの1人、演奏会の度に司会をして、市民の皆さんに親しまれてきた奥田さんという方がおられました。私と同じヴィオラの楽器を演奏してたんですけれども、その方が長田区で家屋が倒壊して下敷きになられまして、そのまま天国へ旅立たれました。オーケストラの本部も長田区で、やはり完全に全壊倒壊しました。オーケストラの活動なんて当然できない状況だったんですけれども、交通が完全に東西分断されてました中、市内はもとより市外の団員もみんな奥田さんの葬儀に歩いて集まってきました。そこで、やっぱり何とか活動を再開できないかということで、震災からちょうど1カ月ぐらい経ったころだったと思います。とりあえず神戸市内で演奏会をどこでもいいからやろうやないかと、公園でもどこでもいいやないかと、とにかく演奏会をやろうということで、活動を再開し始めました。そういうことで、被害は大きかったんですけれども、神戸市内の中でいち早く活動が再開できた文化団体の1つです。
 それから、週に1回の練習日があるんですけれども、当然なかなか再開できないので、メンバーの中には何かできないかということで小学校体育館なんかの避難所ですね。皆さんテレビなんかでごらんになられたと思いますが、体育館にたくさん布団を敷いて、そこでライフラインの復旧を待たれた方がたくさんいます。そういう方は、やっぱり声が全然出せないんですね。周り近所にすごく気を使われてました。その声を聞きまして、避難所を回って、とりあえず音楽をきっかけに童謡を歌ってもらって、声を出してストレス発散してもらおうやないかというような活動を始めた仲間もいます。
そして、神戸市に北区とか西区というところがあるんですけれども、そちらの方で仮設がたくさん建ちました。そちらの方に住んでおられるメンバーの中で、お年寄りのために仮設を回って演奏された団員もたくさんいます。
そのようにして自分たちのできる範囲で活動をやりながらオーケストラの再開を待っていたというようなことが、ちょうど震災の年、1年間ずっとやってきたような活動です。その活動を通じて、我々はやっぱり音楽を通じて、何もならへんような音楽やけども、人の心の支えになるなというのをすごく感じとることができました。
我々は音楽を通じて、人々に何かさせていただけるんじゃないかなということをそのとき感じまして、現在も活動を続けております。皆様は我々とは全然違うお仕事をなさっておられます。そのお仕事を通じて被災地のために、被災した人々のために何かできるんじゃないかということでこうしてお集まりいただいていると思います。我々とは全く違う活動ですけれども、人のために何かしていくという意味での共通点が我々と非常にあると思います。
そういう意味で、我々の昔の仲間であります永井弁護士の方から今日のお話をいただきまして、ぜひ協力させていただきたいということで、今日この場で我々が演奏させていただくことになりました。素人のつたない演奏ですけれども、精一杯演奏させていただきますので、どうぞお聞きください。

 -演 奏-

○戎正晴
 神戸市民交響楽団カルテットの皆様、本当に美しい演奏をありがとうございました。もう1度ご紹介いたします。
第1ヴァイオリンが峰松様、第2ヴァイオリンが徳田様、ヴィオラが塩野様、そしてチェロが森様、以上の4名でした。どうもありがとうございました。(拍手)
当支援機構の永井弁護士より、謝辞ということになるんでしょうか、一言申し上げさせていただきますので、そのままお待ちくださいますようにお願いします。
永井先生、お願いします。

○永井幸寿
 どうもありがとうございました。
 私も昔、彼らと一緒にヴィオラを弾いておりまして、先ほどおっしゃった、亡くなった奥田さんも同じパートの方だったんですが、阪神・淡路大震災でご自宅を直撃されて亡くなりました。後で大学を掘り返したところ譜面台が立っていて、恐らく前日まで練習…涙が出てきてしまいまして、申し訳ございません。本当にありがとうございました。腱鞘炎にかかっておられる方もいらっしゃるのに、本当に申し訳ありませんでした。
 皆さんのご職業は、郵便局長さんとかですね、会社員とか、あるいは学校の先生とか調理師さんとか、本当の市民でございます。彼らが避難所を回って演奏をして、本当に被災者の方々の心が和んだのではないかと思います。
 本当にありがとうございました。(拍手)

○戎正晴
 どうもありがとうございました。
 それではそろそろ時間も押し迫ってまいりましたので、フォーラムのまとめの部分に入りたいと思います。
 最初に見学会等も含めた感想をお願いしていましたが、順次テーブルで発表をしていただきたいと思います。
 まず、Aのテーブルです。宮城地区ですが、土地家屋調査士の南城さんからご感想をお願いいたします。

○南城正剛
 土地家屋調査士の南城と申します。きれいな演奏の後にだみ声でお聞き苦しいかと思いますが。
 まず始めに、この支援機構の皆様方に、こういう大変な会場設営、いろんなところで大変お骨折りをいただいた、ご苦労をいただいたということに関しまして、厚く御礼を申し上げます。それから、今日の天気を気にされて傘をわざわざ用意していただいたり、カイロを用意していただいた、その細やかなお心遣い、非常にありがたく思いました。私は仙台から来ましたので全然寒くなくてカイロは使いませんでしたけれども、本当に細やかなお心遣いありがとうございました。
 今日一日参加させていただきまして一番感じたことなんですが、いろんな報告の中で難しい権利の調整とかですね、人と人との争い、非常に難しいことをなさっていらっしゃるんですが、その中のすべてに共通して助け合いというのが常に根底に流れているなと。宮城県も昭和53年に仙台で地震がありましたけども、阪神・淡路大震災ほどの震災ではなかった。それで、なかなか今回の地震の実感が沸かないんですけれども、ああいう場面になったときに資格者として黙っていられない、なんとか助け合ってみんなで力を合わせてまちづくりをしていこうという思いやり、優しさ、そういうものが非常に感じられました。
 仙台でも、仙台弁護士会の斉藤副会長さんを始め4人もの方々が出席されていますので、相当意気込みが感じられるなというふうに思っております。仙台弁護士会を中心にして、私ども宮城県の資格者団体がなるだけ早く支援機構を立ち上げたいというふうに思っております。その基本は、あくまでも助け合いの心をベースにしてやっていきたいというふうに思っております。
 本日は、どうも大変ありがとうございました。(拍手)

○戎正晴
 ありがとうございました。
 続きましてBのテーブル、東京地区ですけれども、東京地区では財団法人防災・建築まちづくりセンターの水津さんからご発表をいただきます。よろしくお願いいたします。

○水津まき子
 防災・建築まちづくりセンター事務局長の水津と申します。
 今回は東京都総務局の震災復興計画の担当と、それから私どものセンターの職員とで参加をさせていただきました。
防災・建築まちづくりセンターと申しますのは、名前からご想像いただけるように、日々防災まちづくりということで、日常的に専門家の皆様に人材派遣の登録をしていただいています。東京では今、木造密集地域の住環境の改善というのが非常に大きな課題ですけれども、そこの住宅の共同建て替えですとか、道路の拡幅ですとか、そういったところに専門家の方を派遣するという仕組みを既に持っております。東京の皆様にはお知らせしたんですけれども、私どもでは「まちすけ」、まちの助っ人というふうな意味ですけれども、まちすけという名称で既に専門家派遣の仕組みがあると。現在は1級建築士のコンサル等の仕事される方が一番多いんですけれども、そのほかに弁護士さん、公認会計士さん、税理士さん等にご登録をいただいております。残念ながら、まだ司法書士さんとか、それから土地家屋調査士さんの方は、これからの課題というふうに考えていたところでございますけれども、阪神・淡路まちづくり支援機構では、既に9士業会ということからスタートされて、東京では10士業の連絡会もあるというふうに聞いております。
私どもの仕事というのは、震災の前の防災、減災、そのための取り組みということですが、それはやはり、いざ事があったときに平時から備えておくと。そういったことを日常的に住民の皆様ですとかいろいろな方にご理解をいただくのには、やはりこうした神戸の経験を、震災がもし起きたときにじゃあどうするのかというところまでシュミレーションなどをしながら、具体的に自分のまちのことを考えていただくという形で呼びかけをするというようなことも、非常に大事だと思っております。今年は幸い総務局の方で予算がつきまして、そういった取り組みに向けて復興の模擬訓練を地域の皆様と一緒にやっていこうという計画もございまして、そのときには、本当に専門家の方のいろいろな意味でのかかわりが大変重要でございます。
今日、実は私、震災後に初めて神戸に来たという状況なんですが、人と防災未来センターで実際に震災時の模擬体験をいたしまして、その衝撃、見聞きはしておりましたけれども、実際にその場に居合わせたときに自分がどうかとか、それからこうしたことがもし本当に東京であったときに、またそれが昼間であったときにどうかということを考えると、本当に大変なことなんだなとしみじみと実感をいたしまして、こうした取り組みがどれだけ重要なことであるかということを改めて認識したようなわけでございます。
先ほど、中野先生から東京でも支援機構のような連携団体を立ち上げたいというようなお話がありましたが、本当に心強いことだというふうに思っておりまして、東京でぜひ具体的な形で支援機構ができて前に進んでいけたら、私どもも全面的にご協力させていただきたいと思っておりますし、そういう意味では大変心強く期待をしていいのかなというふうに、今日は思わせていただいた貴重な時間でございました。
 全国的なネットワークということで広がれば、すばらしいことだと思いますので、ぜひぜひ皆様のお力を借りて、1歩でも2歩でも前に進めていけるような取り組みができたらと思っております。
 今日は、そういう意味で参加して大変貴重な経験でありがたいと思っております。どうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。(拍手)

○戎正晴
 ありがとうございました。
 続きましてCのテーブル、静岡地区です。感想を述べていただきますのは、静岡県災害救援ネットワーク事務局長の清水さんです。実は、清水さんには昨年静岡県で当機構がフォーラムを開催させていただいた際に大変お世話になりました。よろしくお願いいたします。

○清水康子
 ただいまご紹介いただきました、清水でございます。
 静岡県災害救援ネットワークというのは、いわばまちづくり支援機構のように、いろんな専門家集団とか、あくまでもボランティアなんですけれども、いろいろな方たちがそれぞれのツールを持ち合ってというネットワークでございます。そういう意味では、まちづくり支援機構の各地区の皆様と同じかななんて思っているんですけれども。
 実はですね、静岡県は、先ほど最初の発表のときに鈴木先生がおっしゃいましたけれども、東西に非常に長いところでございますので、このテーブルも東西に非常に長くなっておりまして、2つに分かれて、私は残りの半分の方の発表をさせていただきたいと思います。
 先ほどご紹介があったように、静岡でも昨年の8月30日に東海地震に対する静岡県東海地震対策士業連絡協議会というのが立ち上がりまして、活動をしているところでございます。そして、今日は愛知県の方からも不動産鑑定士の方がお2人ご参加をいただいております。先ほど東京でよろず相談を行っているという話がございましたけれども、同じように愛知県でも9士業10団体によるよろず相談というのが今現在、行われているんだそうです。それはおそらく近々皆様と同じまちづくり支援機構のような形になるのではないかなというふうに非常に期待が持てる、そんなご発言をいただきました。また、皆様のお仲間が増えるんではないかと思っております。
 そして静岡の中でも、建築士事務所協会では、また新たに独自の運動ということで、昨年の8月6日に耐震化推進協議会というものができ上がりまして、そこでは実際にマニュアルづくりが進み、約800名の皆さん、そういう資格というんでしょうかお仲間、底辺を広げるという、そういう活動もしてきているんだそうです。
そして本題の、今日の見学会を踏まえた感想ですけれども、実際にご参加された皆様方、私も含めましてですが、この東海地区というのは、来る来ると言われてもう28年目になる東海地震、実際に誰も被災に遭っていないという現状があります。ですので、今日実際に事例や映像を拝見しても、今ひとつ、やはりここのところはもう少し幅を広くとった方がいいなとか、これはやっぱりスピードの差なのかなとか、住民の方の気持ちと、それから行政の方の立場と、そういったものがいろいろとあるんだなということを非常に厳しく感じたという感想をいただきました。
私達防災の方の世界でも、よく被災者責任という言葉を使われます。被災者の皆様、特に神戸の方たちは非常にそういうことを大切にしておりまして、自分たちは先に体験をしたんだから、これから体験していない、同じ仲間にいろんなことを伝えていかなくてはいけないということをよく言われます。言われる私達はよくわからないんです、はっきりいって。でも、できればわかってほしくないし、ということもよく言われるんです。私も個人的に阪神・淡路まちづくり支援機構の皆様とおつき合いをさせていただくようになりまして、そういった同じような被災者責任というと言葉が悪いかもしれないんですけれども、皆様が体験したことを他の県にも全国的に広げたいという気持ちがものすごくよく分かります。ですから私達は、やはり同じ立場としてそういったものも少しでも吸収できるように体制をつくっていかなくてはいけないし、でも、やはりその地域地域の進み方というのがあると思いますので、そのところを深く考えながら進めていけたらいいかなということが私の感想でございます。
もう1つ、私達と皆様とは立場が全然違います。私達はNPO、またボランティアという立場がありますけれども、いまだかつて各士業の方たちとNPOが一緒に活動したという事例はないんです。でも、私はあえて、今年はそのあたりでぜひ皆様と何かしたいなというふうに思っておりますし、これは同じ一市民という立場ではできるんじゃないかなというふうに思っておりますし、会場にいらっしゃる皆様とは、ぜひ今年してみたいなというふうに思っておりますので、こちらもあわせてご協力をいただければと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

○戎正晴
 ありがとうございました。
 それでは、阪神・淡路まちづくり支援機構のメンバーの感想に移りたいと思います。
 まずDのテーブルですが、兵庫県不動産鑑定士協会の上田先生と兵庫県司法書士会の吉田先生、よろしくお願いします。

○上田節夫
 兵庫県不動産鑑定士協会の上田です。
 感想を手短に言いますと、今日、湊川1丁目・2丁目に行きましたが、実は僕、以前からあそこを知ってたんですけど、3メートル幅、4メートル幅、5メートル幅といろんな道があるなと、今日初めて分かりました。恥ずかしい話です。
 次に、今日、鑑定士同士の間では、静岡、宮城、東京、愛知、兵庫、大阪と横断的な会をつくったらどうかという提案をしました。マニュアルづくりも大事だと思います。以上です。

○戎正晴
 ありがとうございました。次は吉田先生、お願いします。

○吉田博
 近畿司法書士会連合会の吉田でございます。本日は全国から本当にご苦労様でございます。
 私の方からは、まず、この青い司法書士会の封筒に入れさせていただきました、「執務現場から2003」という最高裁の判決にもなりました群馬訴訟について少しお話をさせていただきたいと思います。
 当時、平成7年でございますけれど、群馬司法書士会から兵庫県司法書士会に対し、3,000万円の寄附をいただきまして、そのお金をもって、司法書士制度が被災市民の方にお役に立つようにということで使わさせていただいたわけでございますけれど、その3,000万円の原資が群馬司法書士会会員の特別会費ということで新たな負担となりましたので、その特別会費を払う必要はないんだという訴訟が群馬地裁、東京高裁、最高裁というふうなことになりました。今日は最高裁の判事をされておられた方もいらっしゃいますけれど、平成14年4月25日に最高裁第1法廷で、群馬司法書士会の3,000万円の寄附行為は法律的に正しかったんだという最高裁判決をいただいているところでございます。争点は、司法書士会の目的の範囲の中に入るのかどうかとか、あるいは南九州税理士会の政治連名の政治家に対する寄附と同じように、憲法で認められた思想、心情の自由を侵害しているのではないかというようなことだったわけでございますけれど、最高裁は、反対意見もございましたけれども、そうじゃないんだということで、群馬司法書士会の勝訴ということでございます。ちょうどこの小冊子の一番最後に添付されているCD-ROMにすべての記録が書かれてございますので、お土産として持って帰っていただきたいと存じます。
 それから、もう1点でございます。本当に率直な感想でございますけれど、今日は平成16年の1月17日でございます。あの震災は平成7年1月17日、今年は9周年でございますが、平成17年1月17日、来年の1月17日は震災から10周年ということでございます。また宮城や東京や静岡で大震災があるかもわからないわけですけれど、それを少しでも減災しなければならないということで、来年の1月17日に東京でこういった全国まちづくり専門家フォーラムのような催しを大々的に開催していただいて、そして宮城、静岡、愛知、兵庫だけでなく、四国や和歌山の方もひょっとしたら震災が来るかもわからないということでございますので、できましたらそういうことも踏まえて、このフォーラムのようなものを東京で開催していただけたらなということが感想でございます。どうぞ、ひとつご検討いただきますようによろしくお願いいたします。(拍手)

○戎正晴
 ありがとうございました。
 最後ですがEのテーブルから近畿税理士会の佐藤先生、お願いします。

○佐藤庸安
 近畿税理士会神戸支部の佐藤でございます。
 今日の感想ということで、多くの先生方がもうかなりいろんなことをおっしゃって、特段付け加えることはないのですが、私も設立から4年間ほど阪神・淡路まちづくり支援機構の運営に携わってきましたが、ここ2年半ほどはしばらく外れておりましたので、大分震災のことは頭から遠ざかってたわけなんですが、今日、人と防災未来センターであの映像を見せていただいて、一挙に9年前の状況まで立ち戻らされてしまったというような感じがいたします。
あの震災が起こった瞬間から被災者たちは、恐らく2年間程度は特別な心境にあったわけです。その特別な心境にあったということを被災地の人間が感じているのは2年間か3年間経ってからなんですが、当時はそれがもう当たり前だと思っておりまして、被災地でない方とは何か話が合わないというようなことだったんですね。そして被災地の中でも、身内に死者の出た方とそうでない方、あるいは家が全壊された方と全く傷んでない方というふうな形で気持ちの齟齬があったわけなんです。震災のあの瞬間から被災地の人たちは非常にナイーブな状況になって、それがそういう気持ちの落差というものを生んだわけだろうと思いますし、その後の復興のさまざまな障害の一因になったということも事実なんじゃないかと私は思っているわけです。
そういうことを一挙にいろいろと思い出してきまして、実は被災地の人たちはこの経験は思い出したくない、忘れたいことだと思うんですね。しかし、先ほどからお話されてますように、経験、体験というものは実は貴重な財産なんだというふうに気がついて、それを多くの方にお伝えしないといけないということでこの阪神・淡路まちづくり支援機構は、被災地の復興の具体的な、法的な、技術的な力になったわけですけれども、同時にこの経験を全国に広めて、事前にこういう組織をつくっていただきたいと、それが先ほど言っておられました防災や減災、あるいは震災後の立ち上がりの非常に貴重な財産になるんだという認識でございます。
阪神・淡路まちづくり支援機構の運営にいろいろと携わる中で、私などもそういう考え方を強くしてまいりました。この被災地の心の問題というのは、被災者と被災者じゃない人との気持ちというのがうまくいかないんですね。片一方は支援しようとしているんだけど、被災者の方はそれがうまく受けとめられないというふうな、非常に歯がゆい思いがあるわけですが、これを乗り越えるためにはまさに全体で被災を共有していくというような新しい考え方に立たないといけないと。その意味では、阪神・淡路まちづくり支援機構での活動というものが、心の問題と具体的な力、現実的な力の両方で、ある一定の力を発揮できたんではないかなと、そんなことを今日思っておりました。
来年は震災10年目ということでまた大きな企画も出てくるんじゃないかと思いますが、東京でこの種の催しをやろうというふうにお聞きしておりますので、ぜひともそれに向けて活動いただいて、私どももできればそれに参加をし、こういう会合がさらに広まっていっていただくことを切にお願いしまして、簡単ですが感想に代えさせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)

○戎正晴
 ありがとうございました。
 それでは、司会の方でまとめをさせていただきたいと思います。
 これまで出ましたさまざまなご意見をまとめますと、いくつかございますが2点ほど、かなり重要な点が確認されたんではないかと思います。
 1つは、業種によっては難しいし、なかなかイメージもしにくいですけれども、平時から行政、それからNPOとの連携、それから各専門家職種が平時から連携を保って情報交換等をやりながら、さまざまな活動を展開していくこと、やはりこれが重要なのではないかというようなご指摘があったように思います。
 第2点としましては、自ら、あるいは特定の職種等が被災者になるというような可能性も含めまして、1つの県単位ではなくてブロック単位、あるいは全国どこで震災が起きても、全国的にネットワークを形成してそれを助け合うような、そういった仕組みを今後つくっていくことも重要ではないかと、そのような方向が出てきたのではないかなというふうに思います。
 実は、この2つは私ども阪神・淡路まちづくり支援機構がやろうとしてやれなかったことそのものです。そこで、本日の討論の結果を成果として残すために、2つほどご提案をさせていただきたいというふうに思います。
 第1に、皆様方のお手元にございますが、「1.17神戸の誓い(案)」というのをごらん下さい。これは、もし皆様方にご異議がなければ、本日のフォーラムの1つの成果として、この神戸の地において震災の日に全国に向けて誓っていこうという、そういう内容ですが、ちょっと読ませていただきます。

 私達は、阪神・淡路大震災の経験から、将来の大規模災害による被害を予防し、大規模災害発生時における市民主体の復興を実現するため、専門家として適切な助言ないし支援を共同して行うことによって、市民の需要に最大限こたえるべき責務を自覚し、かつ次のとおり確認し合った。
1.団体間の情報交換を密にし、専門家団体、研究者、NPO、行政等とのネットワークを構築して、災害対策の調査・研究・研修・啓蒙等の諸活動を平時より積極的に展開すること。
2.大規模災害が発生した場合には、被災地域の専門家団体が他地域の団体に専門家員の派遣、協力を速やかに要請できるものとし、要請を受けた団体が即時これに対応すること。
私達は、ここ神戸の地において、大規模災害に備えた専門家団体の全国的な支援体制をつくるため、相互に連携していくことを誓う。
2004年1月17日 全国まちづくり専門家フォーラム参加者一同

もし、ご異議がなければ、これを本日のフォーラムで採択させていただければと思いますが、いかがでございましょうか。(拍手)
ありがとうございます。ご賛同いただいたものとして、1.17神戸の誓いということで残させていただきたいと思います。
それから、このフォーラムの成果なんですが、1つは後ほど記録集にまとめさせていただいて、それを発刊するということをお約束申し上げること。それと、これはかなり司会の独断も入りますけれども、先ほど、来年は震災から10年という節目の年だということお話の中でありましたが、全国的な連携を保っていこう、そのネットワークを構築していこうという場合に、やはり何といっても首都である東京でこういったフォーラムがなされることが、しかも10年という節目の年になされることが必要なのではないかというようなご指摘もいただいておりました。そこで、これは東京の方々に受けていただけるかどうかわかりませんけれども、もし、それが可能であるのならば、来年ぜひ東京で盛大なまちづくり支援のネットワークのためのフォーラムを開催していただければと思います。そのことの誓いの言葉をいただいて、あわせて本フォーラムの成果にさせていただければと思いますが、いかがなものでございましょうか。

○中野明安
 東京を代表しまして、一言言わせていただいてよろしいですか。東京の弁護士の中野です。
 先ほどそのようなご提案をいただきまして、大変光栄なことであります。
 基本的には、我々は被災者責任と言って一生懸命頑張っておられる阪神・淡路まちづくり支援機構の方々に対しては、やはりそれを受けて活かす責任があるというふうに思っております。東京都でも、やはりマニュアルをつくって復興まちづくりに関して大変なご努力をされておるところですので、我々専門家、支援団体としても、やはりこういうようなことで一生懸命皆さんと力を合わせて頑張っていきたいなというふうに思っております。
 来年どうなるかということに関しては、我々も積極的に、前向きに考えていきたいと思っております。近々、また東京のこのメンバーで集まって考えをまとめたいということに思っておりますので、そのときにまとまったことを皆さんにお伝えするというふうにしたいと思っております。
 以上ですが、私としては、大変前向きに考えたいと思っておりますし、そのときにはぜひ東京都と、それから防災・建築まちづくりセンターも共同でシンポジウムを開かせていただけたらなというふうに思っております。よろしくお願いいたします。(拍手)

○戎正晴
 大変力強いお言葉をいただきました。ありがとうございました。
 このフォーラムもいよいよ全ての予定を終了いたしまして、お開きの時間となりましたが、最後に閉会にあたりまして、主催者を代表して阪神・淡路まちづくり支援機構の事務局委員であり、日本土地家屋調査士会連合会の副会長であります松岡よりご挨拶を申し上げます。

○松岡直武
 皆さん、本日は長時間ありがとうございます。
全国の、東京、宮城、静岡、愛知、その他いろんなところから、今日はこの会場、あるいは神戸の街を歩いていただきました。神戸の街にお出でいただき、歩いていただき、見ていただき、聞いていただき、話していただき、いかがでしたでしょうか。この阪神・淡路まちづくり支援機構は、兵庫、大阪両弁護士会の本当に献身的なご努力、ご尽力によって始まったわけですけれども、9つの資格者団体、あるいは資格者以外の団体からも参加していただきまして、様々な盛り上がりができたわけですが、1つ忘れてはならないのは、この阪神・淡路まちづくり支援機構には付属研究会というのがございます。これは全国縦断的な学者の先生方の研究会をつくっていただきまして、支援機構のいろんな活動を理論的にもサポートしていただきました。このことは非常に大きな支えになったということを皆さんにぜひご紹介しておきたいというように考えております。
私達が主催するフォーラムであるとか、シンポジウムのときには、本日もそうですけれども、いつも音楽が出てまいります。一番最初のシンポジウムのときには詩の朗読、次のシンポジウムではお歌をいただきました。そして、今日もミニコンサートを開いていただきました。私達の仲間にも犠牲になった方が幾人かいらっしゃいます。私達は専門家の使命として社会のお役に立たなければいけないということと同時に、社会のお役に立つことができるんだと、そういった立場にあるんだということに感謝しながら今日まで頑張ってきたわけですけれども、そのことに感謝し、そして犠牲になられた仲間への鎮魂の意味も含めて、いつも音楽を添えさせていただいているということも紹介させていただきたいと思います。
9年前の昨日の夕方、皆さん何をされていたでしょうか。明日の予定を一生懸命考えておられたかも分かりません。そして、9年前の今日のこの時間は何をしていたのか。それを考えますと、本当に災害というのは、いつどこで起こってくるかも分かりません。私達まちづくり支援機構は、先ほど清水さんのお話にもありましたように被災者責任、本当にこれは良い言葉だと思いますけれども、このことを語り継いで、いざという時のために備えていただく、こういったことを全国に、あるいは世界に発信していこうということを使命として今も活動を続けておるわけですけれども、皆さん、これからもご一緒に日本のため、世界のため、本当に災害というのはいつどこで起こるかわかりません、手をたずさえて頑張っていきたいと、このように考えております。
本日は誠にありがとうございました。(拍手)

○戎正晴
 以上をもちまして、全国まちづくり専門家フォーラムを終わりにさせていただきたいと思います。
 司会の不手際も多々ありまして、また進行上も時間的にもかなり無理があった強行軍でしたが、本当にご迷惑をおかけしました。以上をもちまして終わりにさせていただきます。
 明日は自由見学会がございますが、その日程等につきましては、事務局長の津久井の方から後ほど発表させていただきます。
 本当に本日はありがとうございました。(拍手)

○津久井進
 阪神・淡路まちづくり支援機構の現事務局長をしております津久井でございます。
 今日は多くの方々がこちらの方にお泊りになって、明日の自由見学会をご予定いただいているということでございます。どうもありがとうございます。
 明日予定されているのは3カ所でございます。月見山、真野、魚崎、この3つの地区に分かれて、お好きなところにそれぞれ出向いていただくということでございます。
 月見山地区と申しますのは、神戸市須磨区にあります。こちらは先ほどの殿山地区のように、広域において区画整理等を行わなければならない、そういう被災状況であった場所であります。ここには非常に多くの専門家が投入されて、長い時間をかけてまちづくりを支援してきたという実績がございます。こちらは、森川弁護士、安崎司法書士、橋本税理士の3名が引率をいたしますので、よろしくお願いいたします。資料がございますので、ご希望の方は受付でお取り下さい。
 2つ目は真野地区でございます。真野地区というのは神戸市長田区の真野地区、真野町周辺の地区でありますが、こちらにつきましては非常に先進的なまちづくりが被災前から行われておりまして、また、この震災を受けたことによって、さらにそれを進歩的に進めていったと。これはまちづくりの成功例として全国的にも非常に有名な地区でございます。こちらにつきましては、古殿弁護士が引率をさせていただきます。また、こちらにたずさわったコーディネーターの方もご一緒に回っていただくということになっております。
 それから、3つ目の地区は魚崎市場でございます。魚崎市場というのは、倒壊した市場を再建するというプロジェクトでございますが、魚崎地区にはもう1カ所魚崎の復興というのがございます。この2カ所を回るということでありますが、この両箇所のコーディネーターをずっと手がけておられ、先ほどの殿山地区にも関わっておられた野崎建築士と、それから私、津久井の両名でご案内をさせていただくことになります。
 詳しくは皆様にお届けしました東京シンポジウムの冊子の中に一例として概要が書いてございます。今日のこのパンフレットの中にも、読みにくいですがコピーをしておきました。
 ご案内ですが、明日午前10時に当ホテル1階ロビー前に集合ということになっております。それぞれ今ご紹介した引率者がおりますので、そちらの方で集まって出発します。明日はバス等ではなく、皆さん各自公共交通機関に乗っていただいて、時間の制限もございませんので、引率者に従ってゆっくりとごらんいただくという形になります。資料等もそれぞれの地区において用意してございますが、くれぐれも遅刻をしないように、寝坊されますと置いて行ってしまうということにもなりかねませんので、必ず午前10時にロビーの前にお集まりください。
 ちなみに、事前にご希望されていない方も、もしご興味がございましたら、任意のご参加でございますので、遠慮なくご参加いただきますようお願いいたします。以上でございます。
 今日は本当に、どうも長時間ありがとうございました。(拍手)

 以 上
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2004.01.17(Sat)07:20 | 6 神戸フォーラム
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