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まちづくり支援全国交流シンポジウム/静岡シンポの速記録です。

<あいさつ> 実行委員長  広原盛明
<基調講演> 地震防災対策強化地域判定会会長 溝上恵
<リレートーク>
<閉会の辞>
<あいさつ>
広原盛明

 このシンポを準備するに当たり、地元の各団体、阪神淡路支援機構の皆さんにお世話になった。改めてお礼したい。3年前、東京で被災地まちづくり支援から学ぶのシンポの第2弾。東京宣言を読ませてほしい。災害が発生してからではなく、地域に住む市民が、自分たちのまちをよくするために、平時から取り組むことを・・・。
この宣言に、約600人の市民、専門家の方々が賛同してくれた。
東海地震に対して、民間の支店、市民の視点から、防災、減災の体制をどう構築するのか。重要な役割を果たす、行政と市民住民の間をつなぐ、専門家職能の団体がどういう役割を果たすのかを考える。なぜ、必要なのか。問題が著しく複雑で総合的だった。一つの職能ではとうてい対処できない問題が同時多発し、被災者の要請に応えるには、ワンストップ、パッケージ相談として、関連する職能が一丸とならないと対応できない。
前面にでることで、耳に傾けることで、不安を押さえ、平成をもたらし、新しく復興に向かう力となることも確かめられている。
行政の手の対策が著しく限定的。法的に不備、予算も足りない、なにより人も足りない。専門的な職能終段が、それをむすびつけコーディネートすることが必要。あらかじめ備えておくことはきわめて有効。長期にわたることに継続的、持続的に対応する職能終段も重要。被災で生活がずたずた、精神的に参っている。
困窮を極める。
復興への気持ちを持ち続けるためにも、私たち専門家集団が支えていくことがきわめて重要。
プロフェッションの社会的な指名、ミッションをいかにはっきしていくのか。
震災対策は行政が主体になり、住民とタイアップするという発想に陥りがちだが、それでは足りない。私たち側をつなぐ、ミッシングリンクの輪をつなぐ。リレートークは、交互に経験を語り合い、経験を共有するもの。


<基調講演>
溝上恵

 阪神と、東海。地震の性質と、被害は違う。兵庫県南部は内陸の直下地震。メディアの言葉を使えば、活断層の地震といわれる。県庁所在地のシタで起きると、そこが壊滅する。特異な地震。被害は大変だが、兵庫県南部のような地震はそう遠くない過去にも起きていた。43年の鳥取地震によって、鳥取市は壊滅した。
48年に福井地震があった。同じような規模、福井市が壊滅した。観測に行った私の先輩は、定年退官の講演の際に「家というモノがぺしゃんこになっていた。
屋根の下に潜り込んで観測した。関東平野に帰ってきて、建物が建っているのが新鮮な思いがした」と。今後もそういうことがある。日本の都市、県庁所在地は、海岸の平野にあり、ウラに山がある。たいがい断層が、活断層のように見えていたり、伏在で隠れている。ひずみをためている。ちゃんとした平野に発展した都市は、必ずそれぞれ懐に恐ろしいダイナマイトを抱えた断層を抱えている。大きい平野ほど危ない。
 神戸は六甲山と、神戸市の間が狭くて広くないように見えるが。六甲山と大阪湾の海水をとって、ヘドロもかき出してみると、海底の岩盤が出てくる。谷底から山頂を見上げると、3000メートルの崖になっている。こんな崖が独りでにでるわけがない。でこぼこが浸食されて平らになるのだが、過去何十万年前から2000年に一度、今回と同じように縦に横にずれてできたのが六甲山。神戸は深かったので活断層が顔を出さなかったが、淡路島では野島断層が顔を出した。大きなエネルギーは、その下の5キロ10キロの断層がずれうごいた。筋目が恐ろしいエネルギーを出すのではなく、深いところの断層が何メートルも動くと、引きずられて田圃や畑、丘陵などが同じようにずれる。野島の真上の農機具小屋もちゃんとたっているのをみると、揺れは下。真上よりも、地下の仕組みが根本。皮膚の表面、ちょっとしたきずにとやかく言うのは、科学的でないことになる。
 県庁所在地の下に隠れている国なので、日本が都市直下の地震を想定して防災対策をとらねばならない。  
地震は、断層が急激にずれて起きる現象。経験的にも、室内実験でも、物理学の定理も証明できる事実。日本の地震学者は、その定義をたてる上で主導的な役割を果たしている。
 同じ地表の下でも、ずれ方が違う。水平や縦など。実際には複雑に水平にも垂直にもずれる。断層が長い短いではなく、断層の面の広がりが大きいほど、大きなエネルギーを出す。40キロか数キロが兵庫県南部の総面積。この断面が、ある瞬間急激にずれ動く。その瞬間は、ある点から始まった。明石大橋の下から、一方は神戸、西宮に、一方は北淡町に向かった。両方向=バイラテラルに。魔の10秒というが、急激な揺れ。秒速3キロで走る。そこで止まると収まった。10秒間に2000年間ためてきたひずみのエネルギーを消化した。そこにたまたま遭遇した人は、2000年のたまたま不幸なときに遭遇したということ。
 日本の歴史をみると、文字の記録は残っていない。神戸の防災当局は、被害想定をしなければならないが、活断層があるとは書いているが、神戸には地震がなく、震度5ぐらい。それは、備えないと言うことで何もしなくてもいい。歴史をみても地震が起きていないと。歴史は非常に短い。文字を使って書き残すのは短い。知りようがない。
 地層が覚えている。掘り起こしていくと、繰り返し動いていることがわかる。兵庫県南部の前にも、六甲断層帯について松田さんが2000年間隔で、1000年以上はたっているので、折り返し点をすぎていますよと。折り返し点を超えている場所としてピックアップされていた。
 神戸の地震は、大きな都市を壊滅させた。マグニチュードが7.3。1違うとエネルギー量が30倍違う。8以上は巨大地震。そのとんでもない地震のひとつが、東海地震、関東地震、南海地震、東南海地震。同じ地震でもスケールが違う。神戸の地震、サイズとしては決して珍しいモノではない。巨大地震も決して珍しいものではない。
 駿河湾から九州の東までが一気に揺れる。プレートが押し寄せてきて沈み込んでいる。このエネルギーが、御前崎、潮岬などが引きずり込まれている。毎年数ミリ沈んでいる。
 神戸のようなそういう断層が無数にある。あちこちで間隔を置いて起こす。
 海のプレート地震は、サイクルを経験できなくもないぐらい短い。東南海、南海 は、若い世代向けの地震。東海とは同じ切迫性でも時間の刻みの長さが違う。東海地震も、静岡県ががんばったので、ココまできた。今村さんが私財を通じて和歌山に観測所を作り、南海地震が来るぞと言うことでがんばったが、戦争で記録もできなくなったところで、地震が来た。本人は、水泡に帰したとがっかりしてなくなった。
 東海地震の現在の状況はどうなっているのか。おろどおどろしげな話になるが、あまり驚かないで。自然には揺らぎがあるので。科学的なことには目に向けず、いい加減なことに興味を示すので、社会の要になるような組織も、何日に地震が起こるなどという情報に惑わせる。気象庁や大学などに問い合わせしてくれればいいのだが、おろおろする。北京のある大学でデマを流す人がいて、国の偉い人が真に受けたりする。
理解できないので、勝手に観測をやってくれとなってはいけない。古代人的な体質も念頭に置く必要もある。
 太平洋から北西方向に押されている。2年半前からひっくり返った動き、海に押し出すような動きがある。押されたバネがゆるんで反転し始めている。地震の場合は加速的に進むが、今はゆっくりと滑っている。東海の場所ではなく、その西。
 静岡新聞はきめ細かく報道してきているが、それを切り抜いて持ってきた。なすび状の想定震源域の西側。北西方向に押されている震源域の隣は、ゆるんでずるずると滑り始めている。想定震源域は応力が増えている感じが予想される。 こういう滑りで、地表面の隆起がでる。1-3センチほどのわずかなモノ。それで地下の状況を推定して、いよいよ想定震源域が本格的にずれ始めて、東海地震になると。
 それは予知ではない。もう引き返さない、このまま加速する。病院で家族を呼んでくださいと。断層がゆっくり滑り始めて、急激に加速する。その一番最初を捕まえる。明日の午前中とか、何時頃とか大揺れが来るといえる。眉唾物は、一月も二月も前から言う。サイエンスの世界では今の現象ではいえないのだが。断層が滑って加速している、ジェット機が滑走路を走りながら離陸しようとしているときに、後何分で雲の上にでると言い当てる。犯罪を犯しそうな人を追跡して、手をポケットに入れるときに現行犯逮捕するとかいうもの。ガンの早期発見とか。
世の中にたくさんある手法の一つ。占いのような予知とは関係ないといえる。東海の揺れや、津波がどの範囲か。神戸とは比べものにならないほど広い。伊豆諸島から志摩半島まで津波もおそう。強化地域を指定しているが、来春までに政府が大綱を示すことになるが、そこで考えておかねばならないことは、地域の中も被害は様々。建物が立派なら大丈夫だが、外でも安心はできない。相当の覚悟をしなければならないのはもちろんだが、広域の地震への本格的な対応は経験がない。時々刻々の監視をし、地下がセンチ、ミリ単位で捕まえられるようになった。19点、リアルタイムで観測しているが。100キロの長さの棒が1ミリのび縮みすることも感じられる精度。雨や土木作業で土が盛られても感じられる。
長年のデータ蓄積で始めてそういうノイズを除去できる。兆候感度の危機をオペレートし、ひずみを観測できるようになって、前兆すべり。長さ100キロの断層の一部が動き出している刹那を捕まえる。同時に、起きたらどの範囲まで揺れがおそうか、震度だけでなく揺れ方までシミュレーションして評価する。津波の高さだけでなく、津波のリアルな姿もコンピューターで再現して備えるというような高度な技術が適応されている。最高技術を使い、様々な専門家がどう対応すべきか知恵を絞っている。
いろんなことができるが、自分の住んでいるところはどうかということと接点が生まれて、こういうことが生きる。


<リレートーク>
清水
 東海地震の概要や動向がわかったかと思う。それを前提にリレートークを。コーディネーターは斉藤さんで。
 静岡県、神戸市側から行政との関わりが大事なので、市民だけの力ではどうすることもできないので、まずは基調報告として、静岡県防災局長の田辺さん
田辺
シンポジウムにお集まりのメンバーは、弁護士、司法書士、税理士、不動産鑑定士、行政書士、建築士など、専門家の職能集団の皆さんです。大きな災害を経験した兵庫県、これから迎え撃つ静岡県を中心とする皆さんに集まっていただき、問題提起、対応などを議論されることを大いに期待している。
お手元にある資料をもとに県の今の対策を説明したい。東海地震の判定会長から説明があったが、地球規模のプレートが重なっている特異な地域であることはこの図でみてほしい。現状は、静穏化、沈降の鈍化、地殻変動の異常値などをとらえると、溝上さんは注意して観測すべき時期にきているという。大震法では、判定会、閣議で決定し、警戒宣言が出される。そうすると慎重な行動を求めることになる。解説情報や観測情報が出されることになる。解説情報は3報まで出されている。
 地震財特法で6800億の事業を行っている。地震特措法で1700億の事業を行い、県単独で6300億の事業費で、対策をしている。
 アシストという情報システムを駆使しながら情報を集めて対策をする。防災船、ヘリなどもある。SPECTというチームが、9支部に出かけてカバーする。常時は市町村の地域防災計画や訓練に携わる。防災情報研究所が、地震防災センターにある。
県条例でも行政と民間の役割を明確化している。第3次地震被害想定に基づいてアクションプログラム2001として、287項目のプログラムを打ち出した。
その中で、プロジェクトTOUKAI-ゼロ。旧基準の家屋の耐震補強に取り組んでいる。自主防災組織ももう一度活性化させようと取り組んでいる。訓練も行っている。復旧、復興対策編も設けた。県民支援、雇用、住宅などの支援策を用意している。こうした対策は9つの支部に「復興相談センター」を置き、県民に応えることになっている。
 「東海地震、今こそ立ち向かおう、全県民で」のスローガンでやっている。地震対策には万全はない、今日の議論を期待したい。

清水
 基本になるのは、8年前の震災。地元のご苦労など、神戸市住宅局の住環境整備部長から。

橋本
 被災都市神戸として、ボランティア、行政の方、専門家の方に助けていただいた。
お礼を申し上げたい。神戸の生活再建5年の要約をお手元にあるが、かいつまんで震災の概要と、行政としての対策の課題を、個人的な意見も入れながら申し上げ、3つめは専門家の方やいろんな団体、市民、ボランティアの連携が大事だと言うことをお話ししたい。
 震災は、神戸市は150万人の人口。50万世帯。静岡県は380万人という。この比較をしながら考えてほしい。溝上さんの話を聞いてびっくりした。神戸はふつうの地震、東海は30倍と。150万人であれだけのこと、380万人で30倍。どうなるのか、どきどきしている。4600人の方がなくなった。全壊が11万だった。
こちらのほうは被害が少ないかと思っていたが、規模が30倍というのでびっくりした。8万世帯、15%を滅失した。4分の1がつぶれた地域もある。
 最大24万人が避難した。113万人のボランティア、仮設を3万戸、市営住宅も3万戸造った。すっと、数字が出てくるが、昨日のテレビなどを見ると、胸がこみ上げてくる思いがある。量的に大変という話はあるだろうが、職員の感覚で言うと、地震と同時に57件の火事が発生し、175件の火事。長田の大火もあったが、西から東まで消防が集まって消す。6時までの57件。10倍、20倍の消防力がないとダメだろうという指摘もある。一時的に複雑な大量の被害が出る。同時にあるので、行政もどうしようもない。自分たちで埋まった人を助けることから始める。個人の体験はいろんなことがある。読んでいただければ。
 行政としての評価は、神戸市は3万戸の仮設、4万戸の支援住宅。1万、2万、場合によっては7千円の家賃で。自助努力が難しい高齢者も多い。個人補償の問題外までも叫ばれる。台湾、鳥取などでも地震があった。神戸の西には長屋の借家が大量にあった。第一に集中的に命題にし、公営住宅になった。台湾は自力再建を国が直轄でやり、仮設が5千戸。住宅ローンの棒引きなどもあった。鳥取は300万円の現金給付。総額100億。神戸市でやろうとすると、2700億円の市税だが、何兆という現金給付になろう、静岡でもそうなろう。地震のタイプによって、地方自治体でできるレベル、国という財源でできることもある。静岡も、何を予想されているのか。
持ち家自立再建ということがいるだろうと。住宅再建の共済を県と一緒に進めようとしているが。生活再建の法律も10年にやっとできた。持ち家率が高い静岡の場合はどうなのか。
 連携の話、行政は神戸市は2万の職員がいる。被災者が避難所だけで24万人。市職員も何らかの家たちで被災者。市民同士で協力しあう。そうなった。どういう家たちで政策的にフォローするか、防災福祉コミュニティで一生懸命やろうとしている。
もう一つは専門家、ボランティアという力もある。神戸市が行政でできないことはどんどんいっていただき、解決していただく。私自身、市民の住宅を再建するために総合相談所を造ったり、マンションの復興相談もやった。行政も、建築関係も、法律関係もいろんな方がいる相談をした。
 お年寄りの方が来られて相談に来る。大阪や京都から来られる建築士。建築の人間は、この道路か、2項道路か調べてこいという。道路管理課から何か言われる。
融資のところでも何か言われる。困り果てている。行政も入っていろいろ相談しながら、借地の中で家を建てるのに、親子リレーローンを使うのに子供さんはどう考えているのか、市営住宅にはいるのか、という選択枝がでてくる。マンションの再建をどうするかなど、専門的な知識を複合化して案を短い時間に出さないとできなかった。市民の方とボランティアと専門家と行政の連携、行政の中の連携もいる。地域の中のつながりも。家たちの上ではきれいになっているが、心や、資金はローンで苦しんでいることもボディブローのように聞いている。新たな元気な都市としてがんばっているが。

清水
 それぞれ、お話をいただいたが、被災された側でも行政の立場は複雑といわれた。静岡の私たちには、そういうこともあるのかと気づかせていただいた。
 これからは、大阪弁護士会の斉藤さんにたずなを取ってもらう。専門家が、震災を契機に一つにまとまったという。静岡の皆さんには、どこがどうつながったのかを聞かせてほしい。

斉藤
 溝上さんの話で、いつ起きてもおかしくないという。減災の準備をしてこなかっ た。そこで何が起きたのかの悲惨さをお伝えしたい。学んだことをお伝えしたいと思う。
 巨大な災害が生み出した巨大な悲惨の前に、どの機関も全く無力だった。無力さから学んだ。各方面で全面的に包括的に行われているが、私たちはまちづくりという立場。壊れたまちのまちづくりから始めて、そのテーマを扱いたい。無力感が主要なコンセプト。一つの職業では何もできないことが痛いほどわかった。
それぞれの分野では先生といわれ、誇り高く、排他的な仕事。とりわけ弁護士はそう。その弁護士会から、日弁連決議をいただきながら、他の職域の方に協働の申し入れをしていった。
土地は不動産、動かないことが前提。境界が遠くに行ってしまう。特定の土地がどこを指すのかがわからない。全半壊の建物をどう評価するのか。共同立て替えの税務、書類に貼る高額な印紙をどうするか。無力感の中から、他の「士」業と協力をとした。自分たちが偉いと思っているので、大阪の、京都の弁護士にもいた。
他の士業からは、利用されるのではないか、気持ち悪いなという動きもあった。それを乗り越えたのが96年の9月、9団体と2つの学会、都市住宅学会と建築学会が協力団体として入ってくれて発足した。発足宣言は、遅くなって申し訳ないと言うことから始めた。このリレートークは、阪神側は、自らが何をしたのかでなく、協働でやったらこんなことができたとお話ししたい。静岡の方からは何でも聞いていただくなど、自由に。阪神側には強く義務を課している。どれほど打ちのめされてどう立ち上がったことはいるだろうが、これだけやったということになったら、協働の話を進めてもらうことになっている。静岡の方と討論をし、会場の方とも討論をしたい。一人3-5分、それを超えると制限させていただく。
森川さんは初代支援機構の事務局長ということで若干長い時間を与える合意はできているが。

森川
 神戸市内のあちこちで、大火災の黒煙が立ち上っている中で、住宅の密集地では木造家屋が倒壊し、ビルが傾いている悪夢から8年。行政の窓口にはあらゆる問い合わせ、相談が直後から殺到した。専門的な知識、相談がどんどん増えた。弁護士会も対応をしてほしいという要請があった。各団体も要請があったと思う。
1月26日。弁護士会館に600人の避難者がいるなかで電話相談をした。私の隣の家が、倒れかかっている。私の家が壊れるので取り壊してもいいかという問いかけがされる。私たちは壊してもいいとはいえない、どうしなさいとかいう前に、落ち着いてくださいというしかない。こころがパニックにならないように対応するのがやっとだった。そういう相談が、第1歩だった。復旧復興には様々な特徴がある。
素ざま侍医自身?の体験の中で、不安と動揺、パニックに近い状態。いろんな立場の専門家からアドバイスを受けるだけで、心の平安が保てるという重要な段階がある。関東大震災ではパニックがあったが、阪神では全市的なものはなかった。初期から個別にしろ対応したことも役割が果たせたのだろう。被害の広汎性により、個々の一人の問題への対応では解決しない。集団的、地域的な解決でないとダメ。シンポ記録集の180ページに具体的取り組み事例が書いてあるが、町全体が活断層の動きで時番全体が1メートルぐらい移動する。土地の境界をどうするか。お互いに境界として納得する合意形成まで、専門的な立場の方の協力がないと対応できない。建築基準法にひっかかるために、共同化住宅にするとか、隣接世帯でミニ土地区画整理をして復興させることもした。さまざまな領域の専門知識がないと解決しない問題がたくさんあった。専門的な知識を駆使し、ノウハウを協力しあわないと解決できない問題がたくさん出た。
 市民と行政、専門家が協力しないとダメ。市民の救済、支援のために行う。被災者の方がどういうことを求め、ニーズを持っているかを把握できないと支援できない。
連絡が取れない、家族もちりじりな中で、気持ちをくみ上げることが必要になる。
市民や団体の方とのネットワークが必要。行政からのバックアップも不可欠。多くの方とのネットワークをつくらないと解決できない。
 直ちに組織的に対応できていたらよかったが、何らの事前の対策をとれていなかった。大あわてで対応したが、総合的、有機的な対応はできないまま時間が経過した。
認識は広まったが、立ち上げるには1年半かかった。それまでに大量の問題が、あきらめられ、埋もれてしまっていた。私たちは、大きな反省を持っている。
 個別の問題があると、定例会や臨時会でスタッフを指名し、スタッフが住民の方と協議して対応していく。まちづくり協議会に出かけていって、巡回して相談に応じることもした。学者、研究者と、中期、長期の展望を提言する研究会もした。現実には必要なときにできなかったので、解決できなかった事例がたくさんある。外見はきれいな建物があり、だいぶ復興したように見えるが、空き地がたくさん放置されている。ここで何かできなかったのかという教訓が随所にある。
 支援機構を、阪神で実践してきたモノとして、もっと早い時期に、専門家の横断的な組織を作り、対策をとれれば、もっと救済できたのではないかと。激甚災害が予測されているところでは、減災、被害を小さくする、復旧、復興の体制作りをされていると思うが、自分たちが何ができて、何が不十分だったかを披露したい。

斉藤
 しばらく阪神の側から

佐藤@近畿税理士会
 支援機構のようなモノを造ってほしいという趣旨でシンポが開催されている。その論点に限って話をしたい。一つは、直接支援機構の話ではないが、直後に様々な専専門団体から、制度的な法改正の要請が出る。たくさんの団体から出てくるが、政府もそれに対応する。現実にできた救済の立法は、実際にできたのは欠陥があった。それは、商法の問題、登記の問題、まちづくりの復興の方策がわからず、権利移動に非課税措置もできなかった。今後は、さまざまな団体が制度要望をするに際して、専門的な団体が協議する場がいるのではないかというのが、税理士会の反省。そういうときに支援機構があれば、非常に役に立つ。
 話がだぶるかもしれないが、既存不的確の建物を復旧させるときに、前のままは建てられない。集合住宅を建てるときに合筆をして共有化する。土地の権利が動いて、課税が出てくる。法的な処置が執られなかったために、集合住宅の建築が大変難しかった。支援機構が取り組んで、解決された。例を参考にして、周辺地域がその事例にあわせて解決したこともあった。この事例の場合は、弁護士、税理士、司法書士が出向いて住民と話して問題を解きほぐしていった。先行的に、地元のコンサルの方が進めて、課税庁と相談したら課税されるというのでどうしたらいいかということだった。先にできていれば、もっと早く解決できたのに。

杉原@地域計画研
 日頃から準備をしておくことが大切と言うことを言いたい。まちづくりという言葉にいろんな意味がある。直後の被災実態調査を自転車で町を回り、自治体レベルの復興計画をつくり、再開発や区画整理や違った手法をとるのか。それを実際に事業化するのか。協議会をつくるお手伝いもコンサルがした。再開発のコーディネート、被災マンションの復興のお手伝いもした。弁護士や鑑定士の方との協力も得てやった。まちコンというまちづくりコンサルタントという言葉が生まれた。都市計画も、住民の気持ちも、行政の仕事もわかる。間をつなぐ、住民をエンカレッジ、エンパワーメントする役割も担った。
 まちコンが、全国のまちづくりでも重要な役割を果たしている。不幸にして東海が起きたときに、都市計画のコンサルタントが、この地域にどれだけいるか、いざというときに同機能するのかに課題があるのではないか。神戸は、地域をよく知っていたのは地域に根ざした神戸大卒の地域のコンサルタント。静岡大や県立大、設計事務所などもあるだろうが、都市計画をやっている、住民の気持ちを地域のまちづくりに生かす仕事をどれだけやっているかが心配。県が都市計画関係の技術者教育をするような学部をつくるとか、ワークショップとかを住民とやっていくようなことが大事。神戸はまちづくりの派遣制度があり、震災後充実した。まちコンが活動できる環境を整えておくことが大事。

斉藤
 支援機構には、コンサルの代表3人にも入ってもらっている。市民の立場から黒田祐子さん、NPO市民基金神戸からきていただいた。

黒田
 専門は医療、24時間態勢で避難所、仮設、公営住宅で活動をしている。協働で何ができるかという支店で発言をしたい。市民もお見えだと思うので、双方にとってのことを申し上げたい。私のキーワードの中では、命を原点に、地域と暮らし、情報、連携、ネットワーク、コーディネート。それがあればどんなことでもできると。住民からの言葉としてずいぶんと困っていた。家を建ててあげるといわれ、お金だけ取られたり、せっかく建てた家が壊れたのでどうしらたいいのかなど。専門家でない人間が命を支えているときに、支援機構の皆さん方とNPOに呼びかけてもらって会議を2階ほど持たせてもらい、何をしているのかということがわかった。住民とのコーディネーターとしての役割を我々がやらせていただいて、うまくいったこともあった。
確かな情報といわれたが、支援機構ができたことを誰がどのようにどんな家たちで情報提供するか、使える支援機構になっていただきたいと思う。ネットワークという言葉が震災以降使われている。言葉の遊びと言うところもあるが、どこにあるか、平常時からやっておかないと、いざというときにできない。地域と暮らしと一体化した、人間が住んでいる。平時から支援機構と、市民が共同体となって、啓発活動をしていくことに意味がある。いいなと思ったので、地域の中で円卓会議を設けて、地域の方と話をする場を持っている。

斉藤
 支援機構は、弁護士会館と、大阪弁護士会に支所、ハートねっとというJCの窓口もおいていた。静岡側から、建築士会の西山さん。

西山
 私どもも、規模は小さく町内単位かもしれないが協働によるまちづくり事業を実施している。地域に住む専門家である建築士がコーディネーター役となってやっていこうと18のプロジェクトをしてきた。協働によるまちづくりというイメージは持てているが、単一の職能と行政、住民との連携。隣接の士、団体との連携になろう。それぞれの方々が防災意識をあるレベルで共有化しないと進まないのかなと。地震が発生すれば必要に迫られるのだろうが、発生後の活動を順調にするには、平時からの活動がベースになる。そうなると、平時から何もしなくてもすむが、同一レベルの防災意識が共有化されないと平時から活動できないのでは。
 我が家の防災診断をやっているが、住民にも同じような防災意識を持ってもらうことで、始めて震災前の対策になる。その意識が大事だと思う。

斉藤
 行政書士会からこられているが

橋本
 会長の橋本です。昭和19年の東南海の時に小学生、ひどい目にあった。家の周り9割家がつぶれ、鶏小屋の中に寝た。屋根がトタンで、周りが金網。屋根が軽いと強い。戦時中なので、支援組織も何もなく、寒い冬を過ごした。地震に対して興味を持っている。大阪と兵庫の行政書士会に問い合わせをしてどんな対応をしたのかと聞いたら、4日目に本部、10日目に相談をしたと聞いている。1500人の行政書士を組織して支援体制を造りたい。協力しあって組織作りをしていきたいと思っている。具体的な組織作りについて質問したい。
 静岡県全部が被害を被る。私たちも被災者になる。他県、全国的なネットも必要になるのでは。全国的なネットはどうしたらいいのか、教えていただきたい。支援機構の設置場所はどこにつくったらいいのか。範囲が広域なので、何か所もつくらなければならなくなるが。行政書士だけでなく、みんなで一カ所に集まれないのか。どうやって住民に知らせるのか。どこに行けばいいのかのPRは。設置した場合は、相談者はどのように来るのか、行くのか、支援センターなどから連絡があるのか。遠くても、全員がいた方がいいのか。できるだけ、専門的な知恵を集めていきたいと考えているが。

斉藤
 マスコミはたいしたもの。全く被災者と同じ立場で、どろどろになりながら、徹底した報道でがんばってくれた。号外を避難所に積み、法律相談の場所や、自衛隊の風呂などを伝えてくれた。電話は使えなかったので、口伝え、自転車、徒歩。大阪からは船で行った。相談者は、3か所にどんどんつてをたどってきた。専門家が組んでからは、その地域に張り付いていくのを原則とした。
 司法書士会はどうしたのかを、安崎さん

安崎
 近畿司法書士連合会から参加させていただいている。あれから8年たった。10年一昔というが、一昔の8割りすぎたが、頭の中で記憶がだんだんと、助け合っていた震災に対する心構えが薄くなって、風化されそうになっている。司法書士会も、一生懸命支援をさせていただいたが、事務局次長として立ち上げてきた。すぐ、大阪、群馬などいろんな会から、自転車、車、バイクで来てもらって、何をしたらと協議させていただいた。司法書士会全体として取り組むまえに、近畿でも本部ができた。出先の支部長になっていたので、わかりにくいところもあるが、日司連や連合会として取り組んでもらえた。

斉藤
 土地家屋調査士の樋口さんから、どうやって復興してつなげたか?

樋口
 私も神戸のど真ん中、永谷居住、事務所もそこにあった。170数人の会員、亡くなった人もいた。被災を受けた周囲の方、神戸支部の隣の明石、加古川支部とか、1月19日頃から活動していたと思う。徒歩とかで訪ねていただいた。電気が戻ったのが20日すぎ、それまではどうしようもない。近隣の方が救援物資などを届けていただいた。会が2月1日に支部報を出し、被災状況などを伝えることができた。事務局は比較的被災が少なかったので、事務局は再会できていた。

渥美@静岡県弁護士会
 基調報告的なモノをいただき、兵庫県弁護士会の膨大な記録も読ませていただいた。非常に勉強になる。弁護士固有の問題は、だいたい網羅されていると思う。各士業、連携について、質問もしたい。
 県と、直後からの相談、協定を県と結ぼうと、春には正式協定に至ることになっている。他県、多会との連携も進めている。他業種との連携、これからどうやっていこうかという矢先に開いていただいた。非常に意義があること。弁護士会との連携はやりやすいだろうが、他業の方々との軋轢はなかったのか、教訓的なことがあればお教えいただきたい。当面の弁護士会は相談業務だが、他業種との知恵を借りると言うときに、どういう形で連携をするのか。電話相談でできるのか、面談ならたやすいと思うが。待機していてもらって、電話を替わりますとやったのか。とくに弁護士との協働が必要だったかと。

森川
 事務局は神戸弁護士会においたのは、異業種の連合体の支援なので、職能団体の本部におくより、市民と直結できた地域の場所の事務局に協力を求めようとした。消費生活協同組合?にもお願いに行ったがそこでの対応型異変だったので、とてもまかないきれないと言うこともあった。立ち上げが遅れた原因は事務局をどこでまかなうかと言うこともあった。ニーズが一番集中したところでと、神戸市内でと。他の団体にご協力を得られない場合は、組織人員体制がしっかりしているとか、建物が相談体制ができると言うこととか、神戸弁護士会で受けるしかないと覚悟したところ。各地に分散しそうだから、この地区なら、この団体、この地区なら、この段代など、事前の調整をやっておかないと混乱して何もできない。事務局体制作りも、必要だと思う。
 業種ごとの団体と全国組織との団体の関係は、業種団体で震災の体験をふまえて支援協定、規則を作ろうという団体ごとの活動がある。弁護士会も近々やろうとしているが。ニーズが高まっていることで異業種組織を作る。全国でも業種ごとに連携する約束事ができるようなことが課題かな。懸念がないところではできないと思うが、静岡や神奈川とか東京都かで横のつながりをして。
 電話の相談は、聞いている人が応えるしかない。各業種が窓口でやられたことにつきる。スタッフを組んで現地に入り込んで膝を交えてアドバイスする集会をやらないと、現実にはまちづくりの問題に対応できない。面談、出かけていって、具体的な相談。

斉藤
 少し数字を申し上げると、士業団体がたくさんやられたが、7ヶ月で弁護士会面談2万8千件、半年で個別に10万件。1年8ヶ月後はできてから、出かけていった。二つの団体、コープこうべ、世帯数より会員が多いという巨大な生協に頼んだ。十分にまじめな討議をして、無理なのでと。神戸のJCにもお願いして、大変まじめに議論したが、申し訳ない。当時の神戸弁護士会が決断してくれた。

 不動産鑑定士協会の富田さん

富田
 今回のシンポに参加させてもらうことになり、鑑定士がどのような役割ができるのかを考えた。準備段階で話を聞く中で、減災、防災では、生じきっては何もお役に立てないと思ったが、復興、まちづくりで言うと、都市の再開発、土地の区画整理の業務の中で、ある程度のノウハウを蓄積しているので、お役に立てるかなと考えるようになった。実務的な質問になるが、権利変換をするときに不動産の価格が実際にどう変わったのか聞きたい。

近藤
 鑑定士の近藤です。今までの議論とは視点が違うが、建物が倒壊したが、土地の価格はどうなるかと言うこと。個々人で自立再建というが、行政がタッチしないとできないところもある。区画整理という限定でいうが、一般のことも話をしたい。事業効果をどう織り込んだのか。
 地価は最大の関心事、復旧、復興に向けて行政も関心を持った。所得税は1月1日現在だが、1月17日に震災、8月に発表という。地震の影響をどうするかと。調べてみると、影響がないところと大きいところでは動きが違う。影響がないところはプラスに動き、大きいところは逆。南が大きい中央区では、北側の地価は下がらないが、影響の大きいところから逃げ出して市場が混乱して半年ぐらい取引がないのでわからない。神戸市が大規模に復興事業を網をかぶせた。価格設定をどうするか。国土庁が震災修正という考え方を示した。1月17日で価格形成要因が変わった。復旧復興までどれぐらい時間がかかるのか、それに対応するマイナスを0-30%のマイナス。それで買収をした。買いたたかれて大変ではというが、H8以降、行政が買収して買いたたかれることを防いだ。
 淡路で復興関係のお手伝いをしたが、区画整理、再開発は整理後に事業効果を織り込めばいい。ただ道路を広げるなら元に戻るということで考えればいい。

斉藤
 静岡県の税理士会から2人のうち、お一人にご発言頂、行政の立場から、もう一度ご発言をいただく。それから会場にご質問があれば回したい。

上中
 税理士会でも、神戸側のマニュアルを参考にして、広域災害対策マニュアルを会員に行き渡っている。行っているだけで、見ていない人がかなりいるので寂しい限り。
協働で何をしたらいいのか、その必要性などを意見を聞いて、静岡でつくらねばならないのはどの業界でも賛同をなさるだろう。税理士会として何をするか。税務の相談が中心になるとすると、単純な案件ではなく、複雑になり、他業種との連携が重要になる。税理士会に質問をしたい。
 法改正の要請の必要性ということについて、専門団体の協議の必要性など、どのような段階で行われたのか。保管しているデータが消失した場合に、どのような対応があったのか。原発の問題も怖いが、広域にわたるがもし議論があればお教え願いたい。

佐藤
 緊急制度要請は、地震後対策本部を立ち上げて、10日ぐらいで国税局を通して国税庁に緊急税制要望を出した。その後の進展に応じて、事後的に必要にもなり3度行った。その後、それらをふまえて、国は震災特例法を2度にわたって作っている。
地震後どうなったか。特例法や現実の税務行政の雑損控除など、取り扱いがもめることがあり、震災税務を事例別に検討を加えて、各支部で冊子を出した。トータルに後をどうしようと言うところまではやっていない。コンピューターは、事務所がつぶれればデータが影響を受けるが、以外とデータ被害は少なかった。復旧することができたという印象。危機に被害があったのは271件、データ被害は106件、復旧できたの が74件、一部できたのが26件、できなかったのが14件。以外と強かったのではないかという印象。対策として、揺れてあっちこっち行かないように固定することは絶対必要。データの分散処理は常識だが、広域なので自宅と事務所では分散にならないので、東京とか関西に分散が必要なのかもしれない。

斉藤
 いろんな事例があり、支援機構としても税理士に共同立て替えの精算の問題、国税局を相手に税理士は理論、弁護士はけんかとなる。

清水
 原発の問題は、日本全国住めるところもなくなることもある。また、設計者にもご紹介したい。弁護士会が音頭をとってトラブルはなかったかという答えはなかったようだが。静岡県民は、誰かがやってくれるまで待とうという県民性。誰がやるのかと。

斉藤
 増市弁護士に、内外の抵抗を2分ぐらいで。
増市
 突然の指名で何を言っていいのか。支援機甲立上がり段階から、斉藤の後を付いて一緒にやってきた。みていて思うのは、斉藤と森川が仲良く話をしているが、熱しやすい性格もあるだろうが、できるまでの間、大阪と兵庫の間だけでも険悪、いがみ合いが数知れずあった。横で見ていて、大阪と兵庫、被災したど真ん中と、被災地から離れた大阪、一番援助しているんだという大阪とで、見方が違う。ましてや業種が違うと見方が違う。ほんまのところ、できるんかなと思っていたが、みれば誰でも何かやらねばならないということでできた。都合の悪いことは忘れる、他からの批判は意に介さないというところがあるからだろうが、他業種から聞いた記憶はない。他の方から聞いたほうがいいかも。同じ中でも抵抗勢力、平成7年の秋に近畿弁護士会連合会で、こういう横断的な機構を造ろうという提言を出そうとしたら、理事会で取り下げさせられた。横断的なことをつくるなどという無責任なことを言っていいのか、財源はどうするんだと。その年はその宣言すら出せなかった。反対の言い分も一理ある。
ファジーな組織なので、疑問が出てくる。それを乗り越えねばならない。そのときに、斉藤弁護士がどれだけ怒ったのかは言わないことにします。

斉藤
 当てなければよかった。その後、日弁連から提言をしていただき、上から押さえた。あとで

杉崎
 残された時間がどのぐらいあるかわからない。そこで事前対策をすることにつきる。直後の混乱を聞かせていただくと、事前にできること、対策をとっておくことが何より重要だと考えている。阪神と東海の被害状況は全く違う。全県被災になり、周辺も東京、神奈川、山梨、長野、愛知、三重、岐阜などと広がった。県として9か所の相談センターをつくるということになっているが足りるわけはない。74市町村にも同様の仕組が必要になってくる。住民からの不安に応えることが何より重要。静岡県の士業の団体の方も来られており、支援機構のようなものが立ち上がり、住民の不安を解消するのが何より大事。今日のシンポがきっかけになれば。行政としてもできることはしっかりやっていきたい。

橋本
 私は建築屋。副区長を2年やった。地域とあらゆることでおつきあいした。住宅局で地域をアプローチする、保険はけんこう?でアプローチ、区役所はバラバラに来るなとむかっとしたが、よく考えたら自分もそうやっていた。地域社会論、地域自体の力をつけようと区役所に権限を与えている。おばあさん、自分の生活、すまいをどうしたらいいかを相談したいが、道路のことは応えてくれる、融資のことは応えてくれる、全体の答えがなかなか出てこない。地域と言うことからいっても、おばあさんへの答えが出せていかない。建築も弁護士もいろんな話がある。黒田さんも言ったが、平時からおつきあいされるのはオカネがあって教えてもらえている人かもしれない。
役所も縦割りで、こられるのは地域の役員さんとかになる。震災前には、窓口には工務店や設計事務所の方が来られ、説明の仕方もそれですんでいた。普通の人がたくさんきた。どうしたらいいのか何もわからない。団体がいろいろあるが、私でもわからないところがある。震災直後は、生活どうしたいとってもほかのことも出てくる。
必ずそうなる。連携というが、相談者はすべてのことを相談したい。それをどうしたらいいかということをせざるを得ない。

黒田
 1分だけ、ください。渥美さんが言われたことだが、NPOでも応えられる。どんな形で連携をと。住民の中にいろんなニーズがあった。どこに行っていけばわからないときに、NPOのメンバーが場所を借りて弁護士にきてもらって相談に乗っていただいた。ニーズの多いところに行くと言われたが、復興の段階別相談を意識してほしい。
避難所であれば2-3週なのでまだまだだが、仮設住宅の中では集会場を使って連携をとって時間を決めてやってほしい。出てこない人たちは全体で考えないと。声が出ない人、行きたいけど行けない人を我々が連れて行ったりするが、そこも念頭に。
PRは、斉藤さんがおっしゃったが、そのときのPRだけでなく、人が多く行くところ、女の人が多く行くところ、お買い物のところなどに、情報提供していくと非常にいい。新聞の活字は小さい。電話を避難所のどこに設置するかを、事前に考えておく。
 ぜひ、みなさんのお手元に今日のご案内が行っていて、ウラ面にこれだけは備えておこうと書いてあって、救急薬品の準備とあるが、それよりも日頃から7つ道具としてタオル1枚か2枚、スプーン、お箸、軍手、つっかけなど。壊れた家の中でモノを探すときにけがをする。

斉藤
 会場で質問は?

 町内会の立場からいいことが聞けるのではと思ったので。どう解決すればいいか聞けると思ったが。これは場違いかなと思ったが。黒田さんの話を聞いてちょっと安心した。そこに行ったら主体的に関わると言うことで意見を言わせてほしい。神戸の震災の経験を静岡の方がどう受け止めるのか。災害が起きたらどうするかの対応であって、職能の団体として対処したらいいのかと、神戸の経験を元に対策をする、神戸で起きたことがおきないように考えてほしい。専門的なことばかりで、我々市民のことを忘れないでほしい。震災が起きた前ではなく、あらかじめつくって、市民は悩んでいることがある。自分が実際に起きたらと考えていない人もおり、親身になって考えてほしい。私は150万かけたが30万しか補助がない。どこかの会社の人がたくさんきてやったらいいよと言われて、役所に相談しなさいということで対応できたが。

建築家協会の会員
 被災者の立場で戦力ダウンされたが、どの程度の戦力が出せたのか。神戸の地震で、会員の仲間が判定士として入ってお手伝いしたが神戸にノウハウはなかったので。現在、その技量があれば、判定できたのか、それともどうだったか。東海で近隣県はすべて同じなのでそこからの応援は難しいだろうが、どうか?

大海
 建築士自身も被災をする。家はつぶれないで死ななかったとしても勤務先がつぶれたりすることもあり、当分の間困難。周辺や他府県にお願いをすることにしている。
まず、自分が生きて、それからと。危険度判定は、

橋本
 全壊、半壊の認定、おろそかにやるとつぶされてしまう。木造は手を入れれば直る。建築の医者は我々建築士なので、どんどん相談していただき、安全な建物を造る流れを造ってほしい。

斉藤
 少し時間を伸ばしたい。中野弁護士に東京での取り組みを

中野
 第2東京弁護士会の中野。3つの弁護士会が連絡協議会を持って、自治体部会の部会長をやっている。自治体が中心的な役割を担うと考えており、災害時の法律相談体制について考えている。資料をみていただきたい。H10から問題意識、なぜニーズがあったのかの話を聞き、パニックになることで100年の恥と言われたことが原動力。専門職能団体との連携はまだまだ進んでいない。建築学会とかで弁護士会とのやりとりで話はしているが、支援機構を造ると言うところまで入っていないが、呼びかけて意見交換会をし、緩い集まりを設けていったらどうかと考えている。
 葛飾区で、地域防災計画で特徴的なのは、震災以降、他士業との協定を31結んでいる。平成7年以降、弁護士会、司法書士会、税理士会などの職能団体と、個別に協定を結んでいる。葛飾区のような取り組みで協定があっても、横のつながりは必要なのか、緩いつながりでもいいのか、具体的なものがあればお教えいただければ。

斉藤
 それは、安崎さんにコメントをいただくとして、ご発言いただいていない方に。

伊村
 建築事務所協会から、質問をしたい。静岡で、危険度判定、被災度判定、復旧計画という段階があるが、復旧に当たってのボランティアから業務に移るタイミングはどうなのか。建築基準法の解釈、新しいことがあれば教えてほしい。

斉藤
 ボランティアであるのか、業務との関係はということについて。

森田
 ボランティア精神に支えているのは間違いないが、具体的な活動は長い時間をとり、職能団体の方の活動時間が制約される。行政から、若干の交通費支援などを受けられるようになった。本来固有業務と、横断業務との関係だが、各団体ごとに固有の活動はある。それと平行して横断的な活動も必要が高い。市民のニーズに応えねばならないこともある。各団体から理解を得られたら、人員を派遣してもらって、別途作り上げていくようなことをせざるを得ないのでは。各団体の役員クラスの方を意志決定に参画していただいた。事務局会議で決まったら、各機関で動員してもらうことになっていた。
 事務局、拠点の話、基本は市民の相談を受けたいニーズ、密度が高い、便利なところに造るのが基本。激甚被災地が複数なら、拠点も複数作る。

斉藤
 業務、広範な測量や、専門職種の仕事が必要になることになると、住民と十分話をして、これぐらいの費用がかかる。コレは無料ではできないと。市中価格よりも安いだろうが、負担をいただくことも事例によってあった。

安崎
 被災市民は、一カ所に行けば、何もかも解決ができると思っている。そのためには横の連携が必要。平常時こそ、その連携を作らないと、急に非常時に作りなさいと言われても無理です。平時にできないのに、パニック時にできるはずがない。よろしくお願いします。

高見沢
 昔から、神戸に大学の先生、行政の方、プランナーに知り合いが多かったので後方支援として関わった。後方から支援するのは、被災者のためだけでなく、自分の地域、東京のためにたくさんのことを教えてもらった。大きな感動、人の営みとかで、受けた。それぞれの職能団体が、震災前から、直後、3週間、3年とか何をしなければならないのかは、各団体がもたれている。それができないと、それが基本にある。
どういう時に複合的なのかだが、聞いてくるのは2,3ヶ月後か3年ぐらい。立て替えとか境界の異動とか。そのときに、建築士、弁護士、司法書士それぞれだけではダメ。なぜ1年半もかかったのかと。いろんな状況があった。震災前から作るべきでその通りだと思う。一番大事だったのは2,3ヶ月からの3年、後半で仕事はできただろうが。
 黒地、灰色、白地。法廷事業、200ヘクタールには業務で専門家がでて、委託契約ができ、職能的には保証される。問題は灰色、そこには法廷事業が入らない1000ヘクタール。白地が5000ヘクタール。1000ヘクタールに支援機構が必要。
専門家が横につながって一緒に努力していくことが必要。東京では、緩い連絡会から始めようとしているが、静岡の必要性と可能性からすれば、急いで。東京でも見習いながら後を走りたいと思っている。

<閉会の辞>
池田

 お忙しい中、シンポに参加いただき、まことにありがとうございます。大成功のもとに終えられたのは、参加していただいた皆さんのおかげ。平時からそれぞれの団体が協力して東海地震への備えをしておくことが大切という教えを感じた。8年前の今日、建築3団体に協力要請があり、総務会10人が全員集合し、県・建設省に緊密な協議をしながら、検討をし、翌日の夜8時に30人、建築司会から10人、20日に入って以来、5次にわたって80人の会員の方が行かれた。帰ってきて報告され、疲れで心筋梗塞で倒れて一時意識不明になられ、その後復帰されたこともあった。一部では溝上さんに貴重な講演をいただき、お忙しい中、我々のために講演していただいたことを心からお礼を申し上げる。2部では、体験談を含めて貴重なご意見をいただき、静岡県が明日来るだろう震災へのありがたい教訓だと思っている。この会議を開催するに当たって、支援機構の皆さんの協力、40数名の皆さんがはせ参じていただいたこと、心からお礼を申し上げたい。
 これから、この会議を通して9団体の皆さんと、静岡県のまちづくり支援機構を作るための横断的な協議をしながら、できるだけ早く組織を作り、県下に展開することを我々として真剣に考えて行かねばならない。各団体、それぞれの地域のご繁栄、参会された皆さんのご健勝を申し上げて挨拶にかえたい。
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2003.01.18(Sat)12:35 | 5 静岡シンポジウム
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